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第22話『小さな罪悪感』
とんでもない世界だ、とサキはこめかみに指を押し当てた。
第二性のことは自分でも調べてみようと思ったとき、はた、と思った。
「なあ、レイ」
「うん?」
レイは再びソファーに腰掛けた。
「おれは本当に、ここにいてもいいのか?」
「どういうこと?」
サキはためらいつつ、口にする。
「その、アルファとオメガが一緒に暮らしてて、大丈夫なのかってこと」
ヒートと呼ばれる一か月に一度起こるという性衝動。男でも妊娠する身体で、番という厄介な契約のある世界。
恋人でもないのに一つ屋根の下にいてもいいのだろうか。
サキは懸念したが、「大丈夫だよ」とレイはあっさり言った。
「番になるのも、妊娠するにも、お互いが発情してなきゃならない。サキもおれも、ちゃんと薬を飲んでれば問題ないよ」
そうじゃなきゃ、とレイは続けた。
「おれはとっくにサキを噛んでるよ」
真顔で見つめられ、どきっとした。
レイは事も無げに言ったが、サキは顔が熱くなるのがわかった。
ほんの数十分前に、この端整な顔と精悍な身体を持つ男に抱かれたのだ。脳裏に情事が甦り、サキの鼓動が速くなった。
(やばい、思い出すな!)
うつむいて拳を握ると、レイは勘違いをした。
「番にされるのが怖いのはわかるけど。これまでも大丈夫だったから。おれも今まで以上に気をつける」
レイの声音はとても優しかった。
「記憶が戻るまでここにいていいから。第二性のことすら忘れちゃってるサキをひとりにするなんて、あぶなっかしすぎる」
レイは苦笑いするように言った。
サキの胸が小さく痛む。自分の記憶が戻ることなどない。元の魂の泉サキは二度と戻ってはこないのだ。レイは責任感から言ってくれている。サキは罪悪感を覚えながらうなずいた。
お互い視線を外して、口を閉じた。
沈黙が流れる。窓の外から酔っぱらった若者のはしゃぐ声が聞こえた。
ふと、レイがつぶやいた。
「……お腹空いたな」
言われて、サキは掛け時計を見た。午後十一時が近かった。サキも昼から何も食べていない。
「なにか頼もうか」
レイは携帯を手にしたが、深夜の宅配サービスは割増料金がかかる。食材はあるので、お金を使うのはもったいない。
「なんか作る」
サキが立ち上がると、レイは慌てたように腰を浮かせた。
「それなら、おれが作るよ。疲れてるでしょ」
気を遣って宅配にしようとしてくれたらしい。レイが先に作ると言い出せば、サキは自分がやると言い出すのがわかっていたかのようだ。
バイトが決まるまで食事係はサキの役目だ。
「大丈夫。レイは座ってて」
キッチンに入ると、レイは、じゃあお願い、と言ったあと、尋ねてきた。
「なに作るの?」
サキは冷蔵庫の中身をさらいながら答えた。
「牛肉と玉ねぎのケチャップ炒め」
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