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第23話『不穏な人物』
四月に入り、大学は新学期を迎えた。
サキは学生たちの瑞々しさに気後れしながら、キャンパスを歩いていた。自分の見た目も彼らと大差ないと頭ではわかっていても、中身が三十代なので若いなあと、つい眺めてしまう。
キャンパスは至るところに植樹があり、学習環境を整えていた。レンガ色の本館、二号館、三号館と校舎が並んでいる。サキはその先にある別館に向かっていた。
人生二度目の大学生活は順調だった。サキは文学部の二年生である。それを知ったときは、心底安堵した。医学部や理工学部だったりした日には、退学を考えるところだった。
教養科目の履修登録も三月末までだったので、自分で選ぶことができた。
レイは経済学部だったが、同じ講義をとっているものもあった。示し合わせたわけではなかったが、教室で見かけると、隣に座った。
通学を始めて二週間経ったが、今のところ問題はない。元の魂の知人に会うこともなかった。
別館の近くで突然吹いた春風にサキは片目をつぶったときだった。
「サキ」
背後から呼ばれ、振り向くと同居人がいた。
「お、レイも食堂?」
「そう」
「一緒に食べねえ?」
「いいよ」
朝も夜も顔を合わせているというのに、うんざりすることはなかった。レイが不要な干渉はしてこないことも大きいのかもしれない。
レイもサキといることが煩わしいわけではないようで、学内でサキを見つけると、今のように声をかけてくる。
「日替わり定食、残ってるかなあ」
サキは隣に並んだレイに言った。
「安くていいよね。おれもよく食べる」
「三十分遅れただけで、もうないもんな」
他愛無い会話をしながら、食堂のある別館に入ろうとしたときだった。
「サキ」
不意に別館から出てきた男に声を掛けられた。その男はレイと同じくらい高身長で、彫りの深い顔をしていた。異国の血が入っているのかと思うような甘い顔をしている。
レイとはまた違った端整な容姿で、隣に髪の長い可愛い女の子をつれていた。
ついに元の魂の知り合いに遭遇か、とサキは身構えた。立ち止まると、
「久我アラタ。生粋のアルファだよ」
とレイが耳打ちしてくれた。
生粋のとはどういう意味かと訊きたかったが、その時間はなかった。
「もう行け」
久我は寄り添っていた女の子を追い払った。彼女は不服そうな顔をしたが、何も言わずに離れていった。
サキは初対面でありながら、この男の態度に顔をしかめた。
久我は口元に笑みを浮かべ、レイを一瞥した。
「霧島。おまえも邪魔だ」
サキは目をむいた。不遜な態度に怒りを覚えかけたが、レイはちらっとサキを見て、
「先に行ってる」
と、そばを離れようとしたので、サキはとっさに腕を取った。
「行くことないだろ。なんでレイが遠慮しなきゃならないんだ」
声が大きくなってしまい、別館から出る者、入る者みなが振り向いた。
レイは虚を突かれたような顔をした。サキはレイの腕を掴んだまま、不遜な男を見た。
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