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第30話『予期せぬヒート』
驚いて、硬直した。身体の奥からじわじわと熱が滲み出てくる。
(この感覚……)
サキは口元を片手で覆い、レイに背中を向けた。
「サキ?」
レイが怪訝そうな声を上げた。
「ご、ごめん……。ちょっと、部屋にもどる……」
すると、レイがサキの肩を掴んだ。
「その匂い。まさかヒート?」
サキの顔が紅潮した。
そのまさかだった。動揺して目線があちこちと動いた。
「なんか、急に、きた」
サキにも意味がわからなかった。ヒートは三十日周期のはずだ。
「薬は? 飲んでた?」
「昨日と今日だけ……。予定だと来週だったから、二日分しか飲んでない」
レイが唾を飲んだ。
「予定が狂ったみたいだ」
前回のヒートは今月の初旬にあり、薬は飲んでいた。
事前に調べた『ヒートの過ごし方』では、食料を買い込み、部屋から出ないようにすると書かれていた。
食事は摂れないので、喉を通りやすいゼリー飲料やスポーツドリンクが推奨されていたので、それらを買い込んで、部屋にこもった。
薬の効果もあって、初めてのときほど、ひどくつらくはなかった。それでも抑えきれない性欲を自慰で解消しながら、五日間過ごした。薬を飲んでいれば耐えられるものだった。
『ヒートの過ごし方』にはもうひとつあった。サキも経験したように、アルファに鎮めてもらう手法だ。
サキが驚いたのは、その手法をとる人たちが一定数いることだった。アルファの知り合いがいなければ紹介するというサイトもあった。もちろん、金銭が発生する。
そこまでする理由というのが、『仕事が休めないため』『ヒートで休んだら、解雇される』『ヒートの周期を知られて、襲われたくない』など、オメガ特有の大変さがあった。
サキは口を曲げながら、耐える手法を選んだ。レイに頼るのは何か違うと思ったからだ。
予期せずやってきたヒートだったが、先月余ったゼリー飲料が部屋にある。なんとかなる。
「ちょっと、こもってくる」
サキは部屋に戻ろうとした。
そのとき。
「サキ」
低い声で呼ばれ、サキは思わず立ち止まった。振り返ると、レイは真剣な眼差しを向けていた。その口が、ゆっくりと動いた。
「おれが鎮めるよ」
夜風が入り、リビングのカーテンが大きく揺れた。
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