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第32話『無意味』

オメガの一定の人たちがアルファに発情を鎮めてもらう理由がよくわかった。 数日間、性衝動に悩まされなくとも、アルファを一回射精させるだけで発情は治まる。金を払ってでも、アルファに依頼するのは合理的なのかもしれない。だが、サキにとってセックスは特別なものだった。 だから、レイが身体を離したときにごめん、と言ったら、 「べつに、たいしたことじゃない」 と言われた。この世界では、これが当たり前なのかと、少し悲しくなった。 サキがシャワーを浴びて出てくると、リビングに灯りがついていた。 ケーキを出しっぱなしにしていたことを思い出し、サキがのぞきに行くと、レイがコーヒーを淹れていた。「飲む?」と、声をかけられた。 「うん」 うなずいてから、思い出したことがあった。部屋に戻って、ラッピングされた袋を持ってくると、マグカップにコーヒーを淹れてくれたレイに突き出した。 「これ、誕生日プレゼント」 「えっ! ケーキも用意してくれたのに?」 「うん。大したもんじゃないけど」 店名の入ったラッピングなので、開けずとも想像がつくだろうが、コーヒー豆だ。レイがいつも飲んでいるコーヒーショップで買ってきた。 高価ではないが、多少の値は張る。世話になっているので、本当はもっと高級な豆を買いたかったが、入ったばかりのバイト代で買えるものにした。 レイは受け取りながら、くすっと笑った。 「ありがとう。でも、いつ来たの?」 「え?」 「ここ、おれのバイト先だよ」 「そうなの⁉ 知らなかった」 「言ってなかったっけ」 レイはプレゼントと二人分のマグカップを持って、ソファーに行った。ローテーブルに置き、開けっ放しだった窓を閉めている。 掛け時計を見ると、十二時を指す手前だった。 まだレイの誕生日だ。サキはレイに身体を向けた。 「ケーキ食べないか?」 「食べる」 レイがうなずいたので、サキはケーキにロウソクを二本立てた。 「あらためて。ハタチおめでとう」 「うん、ありがとう」 二つの小皿にケーキを切り分けるとレイが言った。 「サキ、甘いもの苦手でしょ」 「まあ。でも、こういうのは別。一緒に食べるとおいしいだろ」 「とか言いながら、サキの分、小さくない? もうちょっと食べてよ」 「これはレイのケーキだから。おれは少しでいいの」 「なんだよ、それ」 レイが肩を揺らした。いつもと変わらない態度に、サキは笑いながら安堵とともに、少し切なくなった。 サキの発情を治める行為は、レイにとって深い意味など持たないということが、わかってしまったからだった。

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