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第33話『再会』

季節は移り、夏になっていた。蝉の鳴き声がじっとりした暑さに拍車をかける。 社会人のときは、学生の夏休みを羨ましく思っていたが、いざその生活に戻ってみると、時間が有り余った。 紙本屋のバイトは毎日あるわけではない。短期バイトでもしようかと、サキは冷房の効いたリビングのソファーで寝そべっていた。すると、珍しい人物からチャットが入った。 ――サキくん、久しぶり。ちょっと会えない? それはオメガバーのソフィアで働いていたヒロムからだった。 あの店を辞めて四か月は経っている。今さらなんだろう、と思ったが、あの日、何もわかっていないサキをフォローしてくれたことを思い出した。 カウンターに強引に連れ出したのも彼だったが、礼は言っておこうと思い、会うことにした。 返事を出すと、最寄り駅まで来るという。 ジリジリと照りつける太陽の下を汗だくで歩き、待ち合わせした喫茶店に入る。冷気が頬を撫で、ふう、と息をした。 店内を見まわすと、ヒロムはすでに来ていて、手を挙げてくれた。長掛のソファーに座っている。色白で、目元のホクロが特徴的な美形だ。 「すみません、お待たせして」 サキは向かいの椅子を引きながら言った。 「サキくん、まだ記憶は戻ってないんだね」 「わかりますか」 「話し方でね」 ヒロムは笑みを浮かべた。 注文を取りに来た店員に、アイスコーヒーを頼む。店員が下がると、ヒロムは座った横に置いていた紙袋を持ち上げた。 「これ、返そうと思って」 受け取って中を見ると、黒い長袖の服が入っていた。 「店に置いていったでしょ」 サキは苦笑した。 「捨ててくれてかまわなかったんですけど。というより、捨てられてるもんだと思ってた」 サキが言うと、ヒロムは口端だけ上げた。 「返そうと思ってて、ずっとそのままになってたんだ。遅くなってごめんね」 「いえ、わざわざありがとうございます」 サキが礼を言ったとき、店員がアイスコーヒーを持ってきた。ストローで軽くかき回し、ひとくち飲む。暑い中、歩いてきたこともあって、格別においしく感じた。 「ヒロムさん。店でフォローしてくれて、ありがとうございました。あんな形で辞めてしまって、すみません」 サキが頭を下げると、ヒロムは小さく笑った。 「あの店で働いてたことを覚えてないんだから、しょうがないよ」 ヒロムはサキをカウンターに立たせたことについては、触れなかった。 店内のBGMが耳に心地よく流れてくる。他にも客はいたが、話をしているのはサキたちだけだった。ヒロムはアイスティーを口にしてから、声のトーンを少し落とした。 「サキくんはさ。今、付き合ってる人いるはいるの?」 唐突な質問に、サキはレイのことが脳裏に浮かんだ。まばたきしてから、頭を振った。 「いませんけど」 ヒロムは「そうなんだ」と答えて、アイスティーをかきまぜた。氷がカラカラと涼しげな音を立てる。 「今度、店の人たちと遊ぶんだけど、サキくんも来ない? フリーの人たちだけの集まりだから、恋人探しもできるよ」 ヒロムはにこりと笑った。 「あー……」 サキはヒロムから目をそらし、ストローを触った。気乗りはしなかった。 これが友人であれば行っただろうが、ソフィアの関係者の集まりに行きたいとは思わなかった。サキが渋っているのを気にせず、ヒロムが言った。 「八月四日なんだけど」 日程を聞き、サキは心の中で、よしっと思った。 「すみません、その日は先約があって」 「そうなの? バイト?」 「いえ、友人と海に行く約束してて」 サキはその話を思い返した。ちょうど三日前、レイから誘われたのだ。

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