43 / 79

第43話『初めてのキス』

開かない浴室に向かって話しかける。 「レイ。もう誰もいないから、出てきていいぞ」 しばらく待ったが、返事はない。 「レイ?」   サキは急に不安になった。もしかすると、浴室の中で倒れているのかもしれない。気を失っているなら大変だ。 ホテルのフロントに電話して開けてもらおうと思ったとき、レイの呻くような声がした。 「サ、キ……」 「レイ⁉ 意識はあるんだな⁉」 サキは浴室のドアに張りつくと、ゴン、と壁に何かが当たる音がした。息も絶え絶えにレイは言った。 「サキ……は、だいじょうぶ……? 久我に、ひどいこと、されてない……?」 「おれは大丈夫だよ。なんともない」   答えると、レイはかすれた声で、よかった、と言った。サキは胸が苦しくなった。 サキ、とレイは続けた。 「ユタカさんの、部屋に行って……」   サキは片眉を上げた。 「ユタカさん? ユタカさんを呼んでくればいいのか?」   レイの声は途切れがちだった。 「ちがう……。ユタカさんの部屋に、逃げてて……」 「なんで?」 「……サキを、襲ってしまいそうだから……」   サキは目を見張り、ドアを見つめた。部屋の外から、宿泊客の楽しそうな笑い声がしていった。   サキは足元に視線を落とし、ドアに両手をついた。覚悟を決めてレイ、と声をかける。 「レイの苦しいのは、おれが受け止めるよ」   間が空き、レイが答えた。 「だめだよ、そんなの……。絶対、だめだ」   サキは泣きたくなってしまった。 「だめじゃない。レイだって、おれが苦しいとき、助けてくれるじゃないか」   サキは浴室のドアを見つめた。 レイの誕生日に突然起こった予定外のヒートのあと、三十日周期のヒートは予定通り二度あった。一週間分の抑制剤をきちんと飲んでいたが、サキはレイに鎮めてもらっていた。 前回も前々回もレイが手を差し伸べてくれた。サキは頼っちゃダメだと思いつつ、甘く鈍い頭は言うことを聞かず、その手を取ってしまった。 「おれもレイを助けたい」   サキは返事のないドアに語りかけた。 「レイ。ひとりで苦しまなくていいんだ」   サキが口を閉じると、沈黙が流れた。 だめか、とサキが思ったときだった。浴室のドアが急に引かれ、手をついていたサキは、前のめりに倒れそうになった。 「わっ」   驚いて声を上げると、強い力で浴室の壁に抑えつけられていた。あ、と思ったときには、唇が塞がれていた。 「……!」   レイはサキに喰らいつくようにキスをしていた。舌が入ってきて、搦めとられる。 アルファの発情した強い匂いを近くで嗅ぎ、サキは眩暈を起こしかけた。 「……ふっ……」 激しい口づけにサキは目を閉じていた。 (キス……はじめて)   レイとは何度か肌を合わせたが、キスはしたことがなかった。   貪るように舌を絡めたあと、口を離したレイは、サキの腕を引っ張って、浴室を出た。 ベッドに放り出され、荒々しく服を剥ぎとられる。 レイの匂いがじわりと下半身に熱を持たせた。   サキを見下ろしてくるレイは、獣のように光る眼で喉を上下させた。顔を歪め、肩で息をしている。 煩わしそうに服を脱いだレイにサキはぞくりとして、乾いた唇を舐めた。 「首、噛んじゃだめだぞ」   レイに届いたかどうかはわからない。ただ、その言葉がまるで合図だったかのように、サキの身体に覆いかぶさった。   それからレイの熱が治まるまで、サキは何度も何度も激しく抱かれた。

ともだちにシェアしよう!