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第43話『初めてのキス』
開かない浴室に向かって話しかける。
「レイ。もう誰もいないから、出てきていいぞ」
しばらく待ったが、返事はない。
「レイ?」
サキは急に不安になった。もしかすると、浴室の中で倒れているのかもしれない。気を失っているなら大変だ。
ホテルのフロントに電話して開けてもらおうと思ったとき、レイの呻くような声がした。
「サ、キ……」
「レイ⁉ 意識はあるんだな⁉」
サキは浴室のドアに張りつくと、ゴン、と壁に何かが当たる音がした。息も絶え絶えにレイは言った。
「サキ……は、だいじょうぶ……? 久我に、ひどいこと、されてない……?」
「おれは大丈夫だよ。なんともない」
答えると、レイはかすれた声で、よかった、と言った。サキは胸が苦しくなった。
サキ、とレイは続けた。
「ユタカさんの、部屋に行って……」
サキは片眉を上げた。
「ユタカさん? ユタカさんを呼んでくればいいのか?」
レイの声は途切れがちだった。
「ちがう……。ユタカさんの部屋に、逃げてて……」
「なんで?」
「……サキを、襲ってしまいそうだから……」
サキは目を見張り、ドアを見つめた。部屋の外から、宿泊客の楽しそうな笑い声がしていった。
サキは足元に視線を落とし、ドアに両手をついた。覚悟を決めてレイ、と声をかける。
「レイの苦しいのは、おれが受け止めるよ」
間が空き、レイが答えた。
「だめだよ、そんなの……。絶対、だめだ」
サキは泣きたくなってしまった。
「だめじゃない。レイだって、おれが苦しいとき、助けてくれるじゃないか」
サキは浴室のドアを見つめた。
レイの誕生日に突然起こった予定外のヒートのあと、三十日周期のヒートは予定通り二度あった。一週間分の抑制剤をきちんと飲んでいたが、サキはレイに鎮めてもらっていた。
前回も前々回もレイが手を差し伸べてくれた。サキは頼っちゃダメだと思いつつ、甘く鈍い頭は言うことを聞かず、その手を取ってしまった。
「おれもレイを助けたい」
サキは返事のないドアに語りかけた。
「レイ。ひとりで苦しまなくていいんだ」
サキが口を閉じると、沈黙が流れた。
だめか、とサキが思ったときだった。浴室のドアが急に引かれ、手をついていたサキは、前のめりに倒れそうになった。
「わっ」
驚いて声を上げると、強い力で浴室の壁に抑えつけられていた。あ、と思ったときには、唇が塞がれていた。
「……!」
レイはサキに喰らいつくようにキスをしていた。舌が入ってきて、搦めとられる。
アルファの発情した強い匂いを近くで嗅ぎ、サキは眩暈を起こしかけた。
「……ふっ……」
激しい口づけにサキは目を閉じていた。
(キス……はじめて)
レイとは何度か肌を合わせたが、キスはしたことがなかった。
貪るように舌を絡めたあと、口を離したレイは、サキの腕を引っ張って、浴室を出た。
ベッドに放り出され、荒々しく服を剥ぎとられる。
レイの匂いがじわりと下半身に熱を持たせた。
サキを見下ろしてくるレイは、獣のように光る眼で喉を上下させた。顔を歪め、肩で息をしている。
煩わしそうに服を脱いだレイにサキはぞくりとして、乾いた唇を舐めた。
「首、噛んじゃだめだぞ」
レイに届いたかどうかはわからない。ただ、その言葉がまるで合図だったかのように、サキの身体に覆いかぶさった。
それからレイの熱が治まるまで、サキは何度も何度も激しく抱かれた。
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