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第52話『レイのおかげ』

サキはぼうっと昨日の情事を思い出していた。 危うく身体が熱くなりそうになって、思考を止めた。 電車が止まり、身体が小さく横に揺れる。大学から五駅先の駅で降りた。   バイトもないのに白河紙書店に行く理由は、店主の白河さんに訊きたいことがあったからだ。 今朝、白河さんに昨日のお詫びのチャットを入れながら、相談したいことがあると送った。 ユタカから助言を受けた、オメガの身体についてのことだ。   ユタカはヒートがずれることは一般的ではないような口ぶりだった。ネットで調べることもできたが、白河さんの話を聞いてみたいとサキは思った。   白河さんからはチャットを送った二時間後、午前の講義を受けているときに返事がきた。   今日でもいいと書いてあったので、早速、相談することにした。   白河紙書店の自動扉が開くと、レジカウンターにはユタカがいた。 サキが近づくと、ユタカは真面目な顔をして言った。 「もう大丈夫なのか」 「はい。昨日はありがとうございました」   サキは頭を下げた。 「レイのおかげってわけか」 ヒートを起こしたのに翌日けろっとしているということは、アルファに鎮めてもらったことが一目瞭然だ。サキは店内に人がいないことを確認してから言った。 「軽蔑しますか」   ユタカは不思議そうに首をかしげた。 「なんで。アルファとオメガならよくある関係だろ。そんなことで軽蔑する奴はいないと思うけど」   サキは内心ホッとしたような、だが複雑な気持ちになった。 以前調べた〈ヒートの過ごし方〉では、一定数が知り合いのアルファに鎮めてもらうとあり、疑っていたがわりと浸透していることのようだ。 サキが思っているほどあの処置はふしだらではないらしい。しかし、サキにはまだ割り切れないものがあった。 サキが視線を落とすと、ユタカが言った。 「じいちゃんと話しをするんだろ」   うなずくと、ユタカはバックヤードのドアを開け、二階に向かって声を張り上げた。 「じいちゃん! サキくんが来た!」 「……おお。上がってもらってくれ」   白河さんの声がし、ユタカは二階に上がるように言ってくれた。   靴を脱ぎ、階段を上る。年季の入った家の階段の隅には埃が溜まっていた。 階段を上がっている途中で白河さんが階上から顔を出した。サキはすぐに詫びた。 「昨日はすみませんでした」   すると白河さんは「いいんだよ」と笑みを浮かべて、部屋の中に招いてくれた。   階上に上がると扉があった。中に入ると、右側にカウンターキッチンがあり、正面にはリビングが広がっている。 ガラスのはまった棚が目に飛び込んできて、棚の上には家族写真が飾られていた。壁にも小さな子どもが描いた家族絵が掛けてあった。 温もりを感じる部屋に、サキは田舎の祖父母を思い出した。

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