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第64話『レイの不安』

大学も冬休みに入り、年の瀬も近づいたある朝、レイは自室にいた。サキも部屋にいる。 サキは昨日まで十二月のヒートで部屋に籠っていたので、今日のバイトは休みにしてもらったようだ。 先月、サキに部屋の鍵を掛けられたときは、思いの外ショックで、うまく話しかけられなかった。 しかし久我に絡まれたことで気まずさは霧散していた。 四日前にサキがヒートで籠ったときは、部屋を開けようとは思わなかった。 鍵は掛かっているだろうし、開かなかったときに落胆したくなかった。 レイはベッドの上でごろりと寝返りを打った。 二人とも出掛ける予定もなく、それぞれ自室にいる。レイは終日家にいるなら、サキとどこかに出かけたいと思った。 (用賀にある水族館なら、近いし行けるかな)   以前、ユタカさんがサキを誘っていた水族館だ。ダイチも連れて行きたいという話だったが、ユタカさんから断られた。 白河紙書店での一件から数日経ってからのことだった。 「誘っておいて悪いんだけど、水族館はふたりで行ってきなよ」   バイトのシフトが同じだったときに言われ、サキにも伝えてあるという。 ユタカさんは何か悟ったような顔をしていた。秋頃の話で、サキとはその後、この話はしていない。 (誘ってみようかな) 寝転がったまま携帯を触り、水族館の営業時間を調べようとしたときだった。 「レイ、ちょっといい?」   ドアを軽く叩く音と同時に、サキの声がした。 「いいよ。なに?」   少しだけドアを開けて、サキが顔を見せた。 「話があるんだ」   サキの真剣な表情に、レイはどきっとした。 ベッドから身体を起こすと「向こうで」とリビングに行ってしまった。 レイはにわかに不安を覚えながら、リビングに行った。ダイニングテーブルにサキが座っている。 「どうしたの」   向かい側の椅子に腰を下ろしながら言うと、サキは、あのさ、と言った。 「おれ、そろそろ、ここを出ようと思って」   どく、とレイの心臓が大きな音を立てた。 サキはまっすぐにレイを見ている。その目の色は本気だった。 動揺する心音を聞きながら、レイは平静を装った。 「そのことなら、前にも話したでしょ。記憶が戻るまではここにいてって」   するとサキは目を伏せて、首を振った。 まるでレイがそう言うことをわかっていたかのような素振りだった。顔を上げたサキは言った。 「それは、ないんだ」 「? なに?」 「おれの記憶は、いや、レイの知ってる泉サキはもう、戻ってこないんだ」   レイは一瞬、何を言われたのか、わからなかった。頭の中で反芻して、口に出す。 「サキが戻ってこない? どういうこと?」   レイが眉を潜めると、サキはためらうように唇を巻いた。 「信じてもらえるかわからないけど」   そう言って、サキは自分の身に起きた話を始めた。

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