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第65話『サキの話』

真剣そのものの顔でサキは話した。だが、その内容というのがまた突拍子もない話で、聞き終わったレイは頭を押さえていた。   その話はこうだ。   サキと別の世界で生きていたもう一人のサキ(今のサキ)の魂が同時に抜けて、しかしそれは神様(?)が間違ってしまったからで、二人はお互いの身体を交換して再び人生を始めることにした、ということだった。 しばらく言葉が出なかった。目が点になるとは、こういうことかもしれない。 その間、サキは一言もしゃべらず、じっとレイを見ていた。 「えーと……。その話が本当だとしたら、ここにいるサキは別の星の宇宙人ってことになるんだけど?」   肘をついて頭を押さえたまま目を向けると、サキは真顔で大きくうなずいた。 レイは頭に浮かんだ言葉を躊躇せずに言った。 「だったら、おれがサキを殺してしまったことになる」   レイは思いつきで口にしただけだったが、サキはギュッと眉を寄せて、真剣そのものの顔で言った。 「そうじゃない! おれたちはお互いの願いを叶えたくて、身体を交換したんだ。同意しなかったら、ちゃんと元の身体に戻れてた。だから、死んでなんかないんだ」   サキは訴えるように身を乗り出した。その顔を見ていたレイは、不意に言葉が口をついた。 「叶えたい願いってなに? その身体で何がしたいの?」   すると、サキはぐっと詰まり、乗り出していた体をひいた。 「それは……言えない」   口をつぐんだサキに、レイはいらっとした。 「それなら、そんな話、信じられないよ。二重人格だって言ってくれた方が、まだわかる」   レイがいらついた感情のままに言うと、サキは頬を強張らせた。 そして寂し気に笑って目を伏せた。その悲しげな表情に、レイは、あ、と思った。 (傷つけた)   謝らなければ、そう思ったとき、サキが顔を上げた。 「うん。信じられないよな」   サキは眉根を寄せたまま、笑っていた。 「でも、本当のことだから、隠しておきたくなかったんだ」 「……」 「おれが言いたかったのは」   サキの瞳が揺れた。 「レイはもう、おれを記憶喪失にしたって責任を感じなくていいってことなんだ」   レイの心臓が嫌な鳴り方をした。 「記憶が戻るまでいていいって言ってくれて、うれしかったよ」   サキはやわらかく笑った。 「でも、いつまでもレイを縛るわけにはいかないから」 「! そんなこと!」   レイは勢いよく立ちあがった。ガリ、と椅子によって床が鳴り響いた。 口の中が急速に乾いていく。サキはレイから顔を逸らし、リビングの窓を見た。 「サキ……」   レイは何か言わなければと思ったが、言葉が出てこなかった。 部屋を暖めているエアコンの音が不意に消えた。サキは窓を見つめたまま言った。 「年末でちょうどいいから、泉サキの実家に行こうと思う」   その口ぶりは、まるで知らない人の家を訪ねるかのようだった。 今の彼の横顔は奔放で甘えたがりのサキの面影はない。 レイは成熟した大人のような横顔を見つめていると、サキは立ちあがった。 「ちょっと散歩してくる」   レイの横を通り、リビングを出ようとしたサキに、レイは声を上げた。 「サキ!」   ドアの前でサキが振り返る。レイは乾いた唇で言った。 「サキの……ここにいるサキの、名前はあるの」   するとサキは少し驚いたような顔をして、かすかに微笑んだ。 「おれの名前は、吉野春之だよ」   そう言って、サキはリビングを出ていった。温風を出すエアコンが再び音を立て始めていた。

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