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第74話『間一髪』
二人がやっとすれ違えるような狭い通路を進み、『STAFF ROOM』と書かれた部屋を開ける。
そこには黒いスーツを着て、前髪を撫でつけた若い男がいた。
ヒロムという男の後ろにぞろぞろと見ない顔が続いたせいか、男は渋面を作った。
「誰だ、そいつらは」
「店長、久我さんが個室を使ってますよね」
ハルキは若いこの男が店長だということに内心驚いた。
「客のプライバシーには答えん」
冷たく言い放った店長に、色気のある男はくるりとこちらを向いた。
「……っていうことだから、店長はきみたちが説得して」
「ここまで来てそれかよ!」
ハルキが声を上げると、色気のある男は心外そうな顔をした。
「ぼくは詳細を知らないんだ。きみたちが話すべきだろ」
言われて、たしかに、と思い直す。ハルキはうまく説明できるか自信がなかった。すると、
「ハルキ。さっき撮った動画を見せてあげて」
自分と共に始終目撃していた恋人が言った。ハルキは携帯の動画を再生した。
泉が自分の意志で車に乗ったわけではない証拠動画だ。
それを見せると、店長だという男の頬がぴくりと動いた。
チカッと光っているのは、スタンガンの放電だろうと、社会人の恋人が付け足す。
出力を制御することで、身体を硬直させることができるそうだ。
「この動画を撮ったあとから、この車を追跡してきました。
撮影時間と〈CAR=AI〉の追跡時間を照合してもらえたらわかると思います。
そして、もしここで、このオメガの彼が番にされるような性犯罪が起きていたら、久我家を訴えることができますし、この店も共犯として訴えます」
淀みなく言った彼氏に、ハルキは感激した。
「ヨウちゃん……!」
理知的な彼はにこりと笑った。
「店長。ぼくは久我さんを止めるべきだと思います。……間に合えばですが」
色気のある男の言葉にレイの気配が緊迫した。
前髪を撫でつけた店長は、息をつきながら立ち上がり、壁に取り付けてある棚を開けた。
そこからカードキーを取り出し、色気のある男に渡した。
「502だ」
受け取った男は踵を返し、急ごう、と言った。
無関係なふりをしていたが、内心はこの男も何か思うところがあったのかもしれない。
狭い廊下を小走りで進む。エレベーターのボタンを押して、男五人がぎゅうぎゅうに乗り込んだ。
そこから五階に着いてからは、まるでドラマを見ているようだった。
エレベーターの扉が開いた途端、レイは迷うことなく、502号室に駆け寄った。
男が鍵を持って後を追う。廊下では、部屋の中で喚いている声が漏れていた。
泉がレイの名を呼んでいた。部屋のドアが開くと、レイが飛び込んでいった。
開け放たれたドアから見えたのは、ベッドの上で泉に跨っていた久我だった。
レイは久我を殴りつけた。
鈍い音がし、久我がよろめいたところを、レイはもう一発、下顎を突き上げるように殴った。
頬と顎に拳を食らった久我は、くずおれて失神した。
携帯のカメラを掲げた恋人が真後ろで言った。
「すご……。レイくん、強いね」
「うん。あいつは護身のためにボクシング習ってたから、殴り合いは強いんだ」
泉は何度もレイの名を呼んでいた。それは廊下で聞こえた悲愴な叫びではなく、安堵からくる声だった。
ふと、久我の濃厚な匂いにハルキは鼻と口を押えた。
隣に立った恋人の袖口を引っ張る。
「ヨウちゃん、おれ、まずい。ヨウちゃん以外の匂いで発情したくないよ」
甘えるように言うと、彼は姫抱っこをしてくれた。ハルキは胸に顔をうずめて、恋人の匂いを存分に嗅いだ。
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