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第76話『自分のΩ』

サキが食べ終えると、レイは休むことを勧めてきた。 部屋はサキが寝起きしていたときのままだった。 サキも言われた通りに休むことにしたのだが、目が冴えて眠れない。 頭の中では、レイが助けに来てくれたあの瞬間が何度も甦って、胸が熱くなっていた。 久我を失神させるほど喧嘩が強いなどとは知らなかった。 温厚なレイの意外な一面に、胸の高鳴りがやまなかった。 眠れずに何度も寝返りを打っていたが、いても立ってもいられなくなり、サキは起き上がった。 携帯の時刻を見ると、午前一時を過ぎていた。 そっと部屋のドアを開けると。リビングの電気は消えていたので、レイの部屋に行った。   声を掛けると、すぐに返事があった。まだ起きていたようだ。顔を覗かせると、机に向かっていた。 薄い液晶パネルの前にキーボードがあったので、何か作業をしているようだ。 サキの視線に気づくと、レイは液晶パネルの画面を真っ黒にした。見られたくないものらしい。 「どうしたの?」   レイが言った。 「話しがしたくて」   サキが答えるとレイは椅子に座ったまま、ベッドを指した。サキは掛け布団の上に浅く腰かけた。 「あのな」 「うん」 「おれ、あいつにヤられそうになって……」   サキは一旦言葉を切り、指をくるくる回しながら小声で言った。 「レイを呼んだんだ」 「知ってる」   真顔で答えられ、サキは恥ずかしくなった。 「声、外まで聞こえてた?」 「それもあるけど」   レイは一呼吸置いた。 「匂いがしたから」 「?」   サキが首を傾げると、レイは椅子から立ちあがり、サキの隣に腰をおろした。 「おれを呼ぶ匂い。エレベーターに乗る前から、サキの匂いがしてたんだ」 「なにそれ⁉」   サキは驚きの声を上げると、レイは微笑んだ。 「アルファはね、自分のオメガの匂いに敏感なんだよ。嗅覚が異常に鋭くなるんだ」   レイは鼻頭に人差し指をつけた。 「といっても、おれもそういう話を聞いたことがあるだけで、半信半疑だったけど」   レイはサキの片頬を触った。 「本当だったよ。サキがおれを呼んでる匂いだってわかった」   ふわっとレイの甘い香りがした。サキは鼓動が速くなり、真っ赤になった。 「呼んでくれて、うれしかった」   サキは膝の上で、両拳を握った。顔が熱い。恥ずかしさ満載だった。 (匂いでわかるなんて、これじゃあ、レイが好きだって言ってるようなもんじゃないか!)   サキは第二性の特殊事情を呪いたくなった。が、はたと思った。   レイはさっき、サキのことを自分のオメガと言わなかったか。   その意味するところを考える前に、レイはサキに向き直り、唐突に言った。 「おれは、あなたが好きだ」   サキの心臓が大きく跳ねた。時が止まったかのようだった。

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