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満喫ゴールデンウィーク②

「璃央くん、そんなぶすくれんなよ。可愛い顔が台無しに……なってないけど!」  カラオケの個室に入り、正面に座った一条鷹夜は身を乗り出してきた。観察するような視線から顔を背け、隣で苦笑いを浮かべる和真に抱きつく。 「お前が帰れば機嫌直るわ」 「ほんと全然懐いてくれないなー。ほら、璃央くんの好きな曲歌ってやるからリクエストしてみ?」  余裕ぶりやがって。歌うのムズそうな曲入れてやる。差し出された機械を奪い取り、最近動画サイトでよくまわってくる曲を入れた。 「お、これなら歌えるよ」 「えっ璃央、これ知ってんの!?」  始まったカラオケの音量に負けないよう、和真は声を大きくした。 「よく動画まわってくるし。歌番組とかでも見た」 「これ今期のアニメの主題歌なのに」 「アニメの曲だろうと、良いって思ったら聴く」 「そっかぁ……」  和真は顔を綻ばせた。オレと知ってるものが共通して嬉しいんだろうか。和真のかわいさに浸ろうとしたら、イントロが終わって一条鷹夜の歌が耳に入り、現実に戻される。  うわ……うめぇ……!  低音も高音もバッチリだし音程も外さねえ。そりゃボーカルなんだから当たり前だけど……ダチと行くカラオケとは桁違いだ。  そうだ、思わず呆気に取られたけど、和真の反応は!?  バッと後ろを振り向くと、和真と目が合う。一条鷹夜見て目ぇ輝かせてた。その反応はオレが貰うんだったのに! このやろ~~!! 「ど?」  曲が終わって息をついた一条鷹夜は爽やかに笑う。和真はパチパチと手を叩いた。 「ま、マジですげえ! さすがボーカル!」 「やっぱ褒められると嬉しいな。璃央くんの感想は?」  顔を覗きこまれた。正直に褒めるのは癪…… 「……まあまあだ」 「たぶん心の中では褒めてるよ」  和真の付け足しにギクリと肩がこわばる。  オレの考えが分かってきてるな……それはすげえ嬉しいけど、一条鷹夜のにやにや顔が腹立つ。 「ほんとだ、図星の顔だ~可愛いねぇ」 「めんどくせぇ……さっさとオレに飽きろ」 「残念でした、まだ全然飽きる気配はないんだよなあ。これぞ沼ってやつ」 「分かる分かる」 「沼って?」 「オタク用語だから璃央は気にすんな」  2人は揃って頷いている。なんか秘密の合言葉みたいでムカつく……そういや颯太もよく言ってる気がする。和真に聞いても教えてくれなさそうだし、今度颯太にオタク用語片っ端から教えてもらうか。和真のためならなんだって覚えてやる! 「待っとけよ和真ぁ……!」 「え、何を!? 顔怖いんだけど!」 「はい、じゃあ璃央くんの番ね」  渡してくるマイクを奪い取り、モニターの横に立つ。正直、ガチのボーカルの後に歌うのは荷が重い気がするけど……こんなことで怯んだりしねぇ。和真と付き合ったオレは無敵だ! 「よし和真、曲入れろ。キー3つ上げだ」 「え、それどうやんの」 「あー、ここをこう……」  慣れてない機械の使い方を教えてもらっている。距離、近けぇ!  いや、今はダンスと歌に集中だ。完璧に決めてやる。  曲が始まり、叩き込んできたダンスを踊る。和真の顔が輝いたのが見えた。喜んでくれてる。今まででいちばん上手く踊れそうだ。  最後まで歌い切って、ふうー、と大きく息を吐くと同時に拍手が飛んでくる。 「璃央、完璧じゃん! すげえ、可愛い、最高!」 「歌もダンスも上手いなんてさらに好きになっちゃうなあ~」  一条鷹夜の感想はどうでもいいが、和真に褒められて嬉しく胸を張って見せる。 「ふふん、そりゃ仕上げてきたからな。もっと褒めろ!」 「すごい、すごい! しかもダンス、俺の推しのパートだったし」 「その方がいいだろ」 「うん、嬉しい」  和真めっちゃ喜んでる。頑張ってよかった……! 次のカラオケのために和真の好きな曲をさらにリサーチして練習しておこう。心の中でガッツポーズを決めていると、和真が「あっ!」と声をあげた。 「動画撮るの忘れた! ガン見することしか頭になかった!」 「俺も忘れてたわ。璃央くん、もっかい踊ってくんね?」 「和真のためなら何回でもやるけど、お前に撮られんのは嫌だ」 「ええ~ケチ。後から和真に貰お」  それって和真と一条鷹夜の絡みが増えるってことだよな…… 「和真と会話するくらいなら今撮りやがれ」 「そうこなくっちゃ。じゃあ曲入れるね!」  なんか乗せられた気がするけど……まあいいか。スマホを向けられる中、流れる曲に合わせて再び踊った。  そうして時間は進み……オレと一条鷹夜のデュエットで和真の好きな曲を歌ったりして……コイツ、やっぱボーカリストだけあってカラオケでも盛り上げるのが上手い。癪だけど。  でも和真は「聞いてるだけで楽しいから」と1曲も歌ってくれない。オレは和真の歌を聴くために頑張ったのに。このままじゃ消化不良だ。コイツがいなければ……と憎き金髪男を睨みつけていると、 「おっと、電話だ」  一条鷹夜はわざとらしく言い放って、スマホを持って立ち上がった。 「これは10分ぐらいかかりそうだなあ。ついでにドリンクも取ってきてやるよ」  コップを3つ持ち、ドアを閉める直前にオレに向かってウィンクを飛ばしてきた。  ……あいつ、気ぃ回せたのか! やるじゃねぇか!  つか、元はといえばあいつが来なければ和真は歌ってくれてたわけで……いや、今それは置いておこう。 「和真! あいついなくなったから歌って!」 「この流れで!?」 「……お前の歌聴くの楽しみにしてたんだよ……」 「え、そんなに……?」 「そんなに!」  唇を噛み締めながら、和真の服の端をつまむ。念願の和真の歌が聴けるチャンスなんだ。手を伸ばしたら届く距離にある獲物を見過ごすなんてできない。オレは肉食なんだ。じいっと目を見つめると、その視線はうろついた。「うう……」と呻きながら迷っている。頼む! 「わ、わかった……歌う」 「!」 「璃央だって頑張ってダンスと歌覚えてくれたんだしな」 「和真ぁ~!」  好きの気持ちが溢れ出して、和真の首もとに頭を押し付けてほっぺに軽いキスを何度もする。 「また急に猫みたいに……てか早く歌わないと一条帰ってくるから」 「だな」  キスをするのは我慢して、和真に引っ付いたまま選曲を見守る。頭を悩ませながら決めたアニメの曲が流れだして、オレは和真にスマホを向けた。 「見られるのも撮られるのも緊張するんだけど……」 「どっちもやめない。我慢しろ。度胸つけろ」 「うう……」  和真は一生懸命歌い始めた。カラオケに慣れてない感がハンパないし、音程もところどころ微妙だ。それでもかわいさの方が勝ってる。和真の優しい声が部屋いっぱいに響いて、興奮と同時に心が満たされていく……なんだこの感覚……最高だ! 「ど、どうでしたか……?」 「最高だった」 「ヘタだろ……璃央に比べたらさあ……」 「そりゃオレに比べたらな。でもヘタってほどでもねえよ。オレは好き」  和真の顔が赤く染まる。 「だからまた歌ってくれ」 「お、おう……」  いい雰囲気だ。  ……この動画を今晩のオカズにしようとしてることは黙っておこう。  そこにタイミングを見計らったかのようにドアが開いた。 「おふたりの時間は楽しめた?」  ドリンクが入ったコップを3つ器用に持ってきた一条鷹夜はにんまりと笑う。ムカつく笑顔だ。 「お前がいなきゃずっと二人きりだったんだけど!?」 「和真、練習すればもっと上手くなれるよ。声いいしさあ」 「聴いてたのか!?」 「ははは」  あんだけタイミング良く入ってくんだからそりゃ聴いてたろうな。ヘラヘラしやがって。ほんとに掴みどころがなくてよく分からないやつだ。 「ほーら璃央くん、時間はまだあるんだし、一緒に歌お!」 「チッ……受けて立ってやんよ!」 *  カラオケから出るともう陽が暮れていた。空には薄っすらと残った赤と夜の色が交差している。その不思議な色で包まれた街の中、一条鷹夜が伸びをする。 「今日はありがとな。楽しかったわ」 「こっちこそ。俺も楽しかった」 「オレはまだ許してねえぞ」  和真との時間邪魔しやがって。まあ楽しくないわけじゃなかった……絶対言ってやらねぇけど。フン、と顔をそむけたオレを和真は微笑ましそうに見てくる。 「あーあ。次に璃央くんと会うのはいつになるんだろ。寂しいなあ」 「和真、コイツにオレが帰ってくる日聞かれても教えんなよ」 「はは……」  一条鷹夜は口が上手いから和真じゃ躱せそうにないけどな…… 「んじゃね、おふたりさん。今日は璃央くんとの仲が深まった気がするわ。またデュエットしようね♡」 「ミリも深まってねーわ。さっさと帰れ」 「課題あるの忘れんなよ、和真」 「おう。また休み明けな」  隣で和真が一条鷹夜に手を振り返す中、飛ばされてきた投げキスを手で払いのける。和真の手を取って家に向けて歩き出す。 「璃央、またカラオケ行こうな」  背中越しに聞こえた和真の控えめな声。思わず足を止めて振り返る。 「俺の歌聴きたがってたのに、結局1曲しか歌えなかったし……一条とも楽しかったけど、璃央はずっとふたりきりになりたがってたし……今度はふたりで行こう」  和真はいつもオレの欲しい言葉をくれる。好きって気持ちでいっぱいになる。 「おう!約束!」 「今度は俺も璃央の好きな曲歌えるようにしたいから、教えてよ」 「お前の好きな曲もな」  つないだ手をぶんぶんと振りながら再び足を進める。和真は照れくさそうにしてるけど、暗くなって人通りも少ないし、少しだけなら繋いでいてもいいだろう。 「一条鷹夜には言いたくなかったけど、オレもなんだかんだ楽しかった」 「見てたら分かるよ。けっこうノリノリでデュエットしてたもんな」  それに…… 「良いオカズも手に入ったしな」 「は?」  やべ、口滑った。ゆっくり首を和真の方に向ける。信じられない、みたいな顔でわなわな震えていた。 「……それってまさか、今日撮ってた動画……」 「……」  パッと手を離された。 「やっぱカラオケ行くのナシ!」 「はあ!? それとこれとは話がちげーだろ! 約束したばっかだぞ!」 「恥ずかしすぎる! オカズにするのやめろ!」 「じゃあ本人で発散させろよ!」 「さすがに母さんと父さんに怪しまれそうだから……」 「だから今日の夜はアレを使うって決めてんだ。いいだろ別に減るもんじゃないし」 「……夜寝れなくなりそう……」  和真は顔を赤くしながら表情をころころ変えている。前まではこういう軽い口争いもできなかった。揶揄いすぎて嫌われたくなかったし、好きバレしたくなかったし、和真もよそよそしくてオレに遠慮してたし…… 「そんじゃ通話しながら一緒にオナるか?」 「なんでそんな恥ずかしいことばっか考えつくんだよ!」  こうやってお互い気兼ねなくやり取りできることがすげえ嬉しい。再び手を繋ぐと、汗ばんだ手で握り返される。幸せを感じながら、星が見え始めた空の下を並んで歩いた。

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