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 今すぐに死にたい。  泣きじゃくるマサヤの薬指に、またもや激痛の稲妻が奔る。 「ィ――――ッ、うぅぅううう……ッ!」  今度は、針は引き抜かれなかった。爪と肉の間に刺さったまま、その尻を男の指が甘やかに叩く。 「針刺せ、糸刺せ、綴れ刺せ……ってね。んふふ」  甘く沈んだ声で唄い、男は汗まみれになったマサヤの首筋を嗅いだ。  愛撫の手つきで針をあやし、指を滑らせては凄まじく鮮烈な痛みをとんとんと押し広げてくる。  今すぐに死にたい。  左手指が破壊されたのを知った。 「やるやるやるやる、やりますやります!」  五本の指先すべてに針が刺され、磨き上げられた鈍色のペンチが爪の先を挟んだとき、マサヤはとうとう大きく声を張った。  爪に差し込まれた針は、五巡目に差し掛かっていた。指一本につき針も一本ではなかった。五本、親指から小指まで針の進入に耐えたら赦してもらえるのだと勝手に思っていた。薬指に長針が突き刺された時、あと一本、あと一本だけだと涎を垂らしながらなんとかおのれを鼓舞した。小指を貫かれたときなんて、すっかり解放された気でいたのだ。地獄を耐えきった自身を褒めたりもした。  しかし、親指の爪に二本目の針が侵入してきたとき、マサヤは純然たる絶望を知った。  もはや涙も鼻水も涎も尽きた。声も枯れ切った。滝のような落涙に瞼は腫れ上がり、理性も知性も人間性もすべて捨てさせられた。  獣めいた唸りと呼吸で己を鼓舞し、まだ健康なままの右手でカランビットナイフをひったくる。大きく震える腕に、アルコール中毒に苦しんでいた父の姿を幻視する。  あのとき、地元で就職していればよかった。  きちんと勉強をして、進学して、曖昧な夢のかけらだった保育士を目指していればよかった。  まっとうな生き方をしていればよかった。  すべては自身が招いたことだ。  大丈夫、べつに心臓を刺さなくてもいい。どこを刺してもいいと男は言っていた。ほんの少し、慎重に浅く刺せばいいのだ。足を刺したって良い。痛いだろうが、殺すわけじゃない。あの子だって、命を落とすわけではない。  なかば言い聞かすように、マサヤは喘ぐ。目を閉じる。天幕を下ろし、歯を鳴らしながら力の入らない足を奮い立たせる。 「お行きなさい」  慇懃な言葉とともに、男が繊細な指でマサヤの背を押す。勢いを借りるかたちで、マサヤは終局への一歩を踏み出した。 「うわぁぁああぁぁ!」  枯れて掠れた絶叫とともに、麻袋の端っこ、足があるであろう部分めがけてナイフを振り下ろす。力を込めているふうに見せかけ、しかし直前で失速させる。  しかし、背に男の指は触れたままだ。羽根のように軽いタッチで、マサヤの背をとん、と押す。突き入れた針を愛撫するのと同じ、甘やかな力で。 「あ……………………」  マサヤは目の前に広がる光景が信じられなかった。尽き果てたと思われた涙が湧き出て、麻袋に濃い染みを作る。 「うそ……」  刃は、麻袋のど真ん中に刺さっていた。  男だ。男のせいだ。彼が背を押した。膝をついてじりじりと前進するマサヤのふくらはぎを長い足で踏み、そして背を押した。マサヤの目論見は当然、看破されていた。刃は照準をずらされ、麻袋の胴体部分にしっかりと刺さっている。  ぐぼ、と粘性の呼気がマサヤの下で鳴る。血の塊を吐く音だった。それきり、麻袋はなにも言わなかった。 「手間がかかりましたが、これであなたの役目は終わりましたよ。この子は……まあ、とある方のご子息でして。取引の材料にしたいのですが、我々の手で始末してしまうと少々ややこしいことになるものでしてね。間接的に手助けをしてくださる方を、ちょうど探していたのですよ」  ふう、と息を吐く男の言葉尻が、ほんのわずかに揺れた。  うそだ。きっと建前だ。この悪辣なショーは、男の趣味だ。  やられた。  やってしまった。  子どもを。  てにかけた。  すきなのに。  すきなのに。

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