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重いとか軽いとか④
胸板が厚くて髪の毛が掛けられた耳から光るピアス。両腕を組んでは女性的な立ち姿から正にそちら側の人なのだと分かる。
「はい、初めてで少し緊張しています」
「安心して、変なのは……居ないと思うから。こんなところ見つけてくるなんて誰かからの紹介できたのかしら?」
「友達に紹介されて……」
勢いで来たものの店主からの圧に尻込みしてしまう。やはり勢いで来たものの、同性が恋愛対象になるかも分からない自分が気軽に来ていいものではないような気がした。
席に着いてしまった以上、すぐに帰るわけにはいかないだろうし、適当に呑んで帰るしかない。
カクテルを頼み、店主と適度に会話をしながら過ごしていると暫くして入り口で煙草を吸っていた男が店に入ってきた。徹史の二つほど空けた席に座るなり、「和美、ウィスキー」とカウンターに立つ店主に向かって言う。
雰囲気からしてむしゃくしゃしているのが伝わる。店主は「はいはい」と飽きれながら男にウィスキーとショットグラスを渡すと、男はグラスにお酒を乱暴に注いで一気に飲み干していた。
「まーくん、また外で喧嘩してたでしょ」
「あ?あいつが悪いんだよ。どいつもこいつも、将来のためだとか。散々遊んできて恋人なんかいらないとか言ってたくせに、今更恋人作りやがって。これでセフレ全滅」
「いいじゃない、気持ちなんて変わるものよ。それに相手もいい歳だったんでしょ?」
「ああ、俺と同い年で三十歳」
「なら、遊びは止めて将来の伴侶を見据えてお付き合いする適齢期じゃないのよ。これを機会にあんたも恋人作ったら?」
「はぁ、俺は絶対そういうのは嫌なの」
男は二杯目の御酒を注いで飲み干すと深い溜息を吐く。グラスの口を指先で掴んで回し、虚ろな目をしてグラスの中で旋回するウイスキーを眺めている男。厚めの唇から零される息にゾクリとしたものを感じた。
一目惚れというのはこういうことなのだろうか。自然と男から目が離せなくなる。グラスに伝う細い指先に触れてみたい。目元の黒子にキスをしたら男はどんな反応を示すだろう。
そしてあの寂しそうな瞳を自分の手で救ってあげたい……。
今まで付き合って来た人は、もちろん全力で愛していたし、尽くしてきた。しかし、どれも月日を重ねて愛を育んできたに近くて、今回のような一目惚れは初めての感覚だった。
徹史は椅子から片足を出して、男に話し掛けようかと迷っていたが思い立ってすぐに足を引っ込めた。
最初から好意を示し過ぎるとまた、重いだなんて突き放されかねない。
それに、先ほどの店主との会話から外で口論した男に振られて傷心しているようだった。
そんな心の隙につけこむようなことをして自分に気を引かせたくはなかった。
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