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第7話 問題のない家1
「大学受験対策の家庭教師……あ、あれか。蒼が担当するやつ。あ、昨日が打ち合わせだったのか。契約済みね。はいはい、了解ー」
吐く息が真っ白に見える山中で、事務所からの電話を切った。今日も俺は警察の捜索に駆り出され、警察犬と共に匂いを嗅ぎ分け、金属探知機と共に凶器を探している。既に三時間経過、もう手が悴んでしまいそうなほどに冷えてきた。そんなタイミングでかかって来た電話は、これと言って急ぎでもなさそうな事務的な連絡だった。動きにくい指先でなんとか出た電話がそんなものだったので、俺はちょっとイラついていた。
俺は、ベクトルデザインサポーターズという人材派遣の会社をやっている。代表取締役で、社長だ。表向きの業務内容は、家庭教師の派遣。その裏で、身を潜めて生きているセンチネルたちの救済のため、その人に合ったガイドの選定とペアリングの斡旋をしている。必要であればボンディング完了までを計画する。
センチネルの能力は、その性質上、どんな悪事に利用されるかわからない危険を孕んでいる。我が子がセンチネルだとわかると、親は子供の安全を確保しようとして、信用に足り得るガイドを探そうとする。そういう親がとても多く、切実な問題としてあると言うことを知り、その声に応える形で始めた。
能力者が親の庇護の元を離れてしまうと、コントロールが難しくなる。そのため、学生のうちにボンディング完了を目指す必要がある。家庭教師の派遣と抱き合わせにすることで、周囲にガイドを探していると言うことがバレずに済む。
五感のコントロールだけでも煩わしいのに、身の安全を守るための用心もしなければならないのは、まあまあストレスだ。それを少しでも軽くできればと思い、これまでやってきた。
身元がはっきりわかっていて、危険思想を持っていないガイドを、自社で育成して雇用しているうちの会社は、そういう親たちに信頼が厚い。国からも優良企業として、お墨付きをいただいている。
そして、それとは別にセンチネルを雇用して、警察の捜査協力や有事の際の人命救助への協力などを請負い、その業務管理をする仕事もしている。今回俺が事件への捜査協力をしているのは、その業務の一環だ。もう少し規模が大きな事件になると、複数人のセンチネルと同行することになり、その際のマネジメントはミュートが担当するようになっている。
センチネルの代表が俺、ガイドの代表が蒼、ミュートの代表が、さっき電話してきた事務の田崎。
立ち上げ当初、ミュートを雇うことに関して否定的な意見もあったが、俺は能力者もそうでないものもどちらも同じコミュニティにいないと不自然だと考えるタイプなので、ミュートの雇用を会社立ち上げの必須条件にした。
結果的にこれは功を奏していて、ゾーンに入ったセンチネルとそれをケアするガイドが、ガイディング直後に危険に晒されそうになった時などは、ミュートのみんなが活躍してくれている。うちの会社では、ミュートはその性質上、五感も共感能力も普通ではあるが、高学歴の者や要領が良く立ち回りが早いものが多く入ってくれていて、皆仕事がとても早く、いつも助かっている。
さっきの電話の報告もその一つだった。
本来なら、蒼から俺に報告されていなければならなかった案件なのだけれど、田崎が代わりに契約書の処理も、ガイドの選定も、事前準備も、俺への報告も終わらせてくれた。ぬくぬく仕事をしていることに多少腹が立ってはいたが、その仕事の速さと、忙しい蒼への気遣いに免じてなかったことにしてやろうと思う。
電話の後、もう一度遺体発見現場へと戻っていった。被害者は、ここで殺されたわけではないらしく、血痕が残っているわけでもなく、殺害の匂いもしない。もし犯人がセンチネルなら、共感能力に長けているガイドの方が犯人を見つけやすいかも知れない。それほど、センチネルの能力では貢献しようがない現場だった。
「鍵崎ー、何も見つからねえかー? センチネル様の能力を持ってしてもダメかねえ」
寒い中何時間も捜索に協力している俺に向かって、こんな失礼な言葉を投げかけてくるのは、あのお偉いさんのご子息様だな。毎回腹の立つ言葉を選ぶ天才様だが、そんなやつでも俺の幼馴染で所謂親友という類の男だ。皮肉ってやる程度で許してやるとする。
俺はムカつく声の主の方へ向き直ると、腰に手を当ててツンと顔を上に向けながら返事をした。
「重役出勤ですか、永心《エイシン》様。こっちは朝から、情報が少ないにも関わらず、寒い中ずっと捜索してますよ。それでもターゲット絞らずに犯人探せってなると、山の中じゃ難しいんだよ。すんませんね」
俺が協力している殺人事件は、被害者である中年男性が、山の中で頭から血を流して亡くなっていたというものだ。その遺体発見現場である山の中で、遺留品と凶器の捜索がメインで行われている。頭の傷が鈍器で殴られたようなものであったことで、事件として捜査がなされているが、凶器が何なのかは、まだ絞り込めていないらしい。警察犬と一緒に、毎日被害者の血液の匂いを追いかけているが、ここは遺体があった場所の周辺しかその匂いがしない。つまり、どこか他の場所で殺されて、ここへ運ばれてきた可能性が高い。
遺体が横たわっていた場所は、雑草が生い茂った平地で、そこは頭を打つような場所もなく、事故の可能性すら否定されていた。
俺は、小難しそうな顔をして腕を組んで立っている永心に向かって、イヤイヤながらご説明させていただくことにした。……ちっ、めんどくさ。
「殺害現場でないなら、凶器が何なのかわからない限り見つけようがないぞ。俺はただ単に五感が人より優れてるだけだ。その五感に訴えるものがなければ、ただの役立たずなんだよ」
俺のその言葉に、永心はギョッとしていた。まあ、そうだろうな。普通、センチネルはプライドが高くてお高く止まっている奴が多いから。自分のことを役立たずなんていうことは、まず無いだろう。
でも、付き合いの長い永心があんな顔をするってことは、よほど吐き捨てるように聞こえたのかもしれないな。まあ、別にいいんだが。
「視覚的には、外部からの影響が合った形跡を認められるのは、遺体が出入りした場所だけ。草の踏み潰された跡、土の上の足形くらいだな。靴の型なんて取っても、今はまだ大きな手がかりにはならないだろう? もっと絞り込んでからじゃ無いとな。それに俺が見る限り、あの足形は量販店で販売されている安いスニーカーだ。買った人間を調べていくのは、不可能に近い。聴覚的には、何かが動く不自然な音もしていない。不穏な電波も聞こえない。何か仕掛けてあるようにも思えない。触覚的にも、人為的な変化は見つけられていない。味覚……は、まだ何とも言えない。嗅覚で言えることは、血液の匂いは全くしないってことか。被害者以外の人間の匂いは、ここの捜査員の匂いだけだ。それと、この辺の動物の匂いだけ。金属の匂いもしない、それ以外の固いものを成分ごとに思い浮かべても、それらしき匂いはしない。てことは、凶器はここにはない可能性が高いぞ。」
そこまで一気に説明すると、俺は寒さでガタガタと震え始めた。連日の捜査で取り込む情報量が多すぎる上に、寒さという肌感覚も手伝って、神経がヒリヒリしやすくなっていた。普段よりも早いスピードで、集中力に限界がきやすい。
視界が歪んで、二重に見える時がある。足が少しだけだけれど、ふらつき始めていた。
「ちょっとやべえな」
そう呟いたと同時に、ガクンと頽れた。ゾーンに入る前に、体が自己防衛したようだ。
永心が何か言っているのが聞こえる。
俺はそれをBGMのように聞きながら、今日はここで仕事をシャットアウトすることを選んだ。
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