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第10話 問題のない家4

「後天性のセンチネルだよな……自分の扱いがわからないうちは、能力者って言われてもな。むしろ人より劣ってる感じしかしないだろうな。先天性でも扱えるようになるまでは、みんな似たような道を辿るから」  ふうとため息混じりに翠は言った。  あの後、二人して浴槽で寝落ちしてしまっていたので、気がつくと体が冷えてしまっていて、風邪をひきそうになっていた。  慌てて翠を抱えてバスルームから飛び出し、大急ぎで体を拭いてそのままベッドに直行した。ぐちゃぐちゃなシーツはそのままで、下に落ちていた掛け布団だけを拾い上げて、翠をその中に突っ込んでぐるぐる巻きにしておいた。  しばらくしてスウスウと寝息が聞こえてきたので、そのまましばらく寝かせておいて、俺はベッドで食べられるような食事を用意しておいた。  疲れ果てたパートナーには優しくしておいて損は無いだろう?目が覚めて、それに気づいた翠の笑顔は、それだけで幸せを感じられるほどパワーがある。俺はそれが見られれば、それでいい。  目が覚めた翠は、俺が作った小さなおにぎりを食べてスープを飲んだ。少量でも必要な栄養素が取れるように計算して作ってある。センチネルは感覚が過敏だから、ミネラルの消費が激しい。それを補う食事になっていることが必須だ。  その食事を終えて、ベッドの中で二人で今日一日についての報告会をしていた。二人で横になり、翠は俺の胸に顔を埋めていた。額をぐりぐりと押し付けながら、翔平の置かれている状況について一生懸命考えてくれている。 「しかも話を聞く限り、その翔平って子もパーシャルっぽいよな。それだとガイドの選定もかなり苦戦するかもな……」 「ああ。だからしばらく俺が担当することになってる。……いいよな?」  この案件は家庭教師とガイドを担当するってことだから、ガイドの働きとしては俺が翔平を抱くこともあるかもしれない。翠はうちの代表だ。それくらいのことはもちろん理解している。ただ、俺たちはパートナーだから、一応報告と確認だけはしておきたい。それは最低限の礼儀だと思うから。  「センチネルの身の危険は、何も能力を悪用されることとは限らないからなあ。コントロール出来るようになる前に周りにバレると、性犯罪に巻き込まれる可能性が高くなるし、それが一番問題だろうな。防ぐためには身近にガイドがいるのが一番だからな……ペアリングが終わるまでは、仕方無いだろ」  少し口を尖らせて、それでも何とか受け入れようとする姿が愛らしかった。不覚にもキュンとしてしまったのだが、もう今日は無理はさせられないからグッと堪えた。 「それも相手がミュートだった場合は最悪だぞ。センチネルをケアする能力も無く、ただヤりたいだけの人間に目をつけられるとどうしようもない。回復することもなく、五感を破壊し続けられることになる。それは、最悪の場合は死ぬってことだからな」  俺は頭に浮かびかけた邪な気持ちを隠しながら、今日の翔平の涙を思い出していた。貞操問題だけでも厄介なのに、そこに命まで絡んでくるなんて、十八歳にとっては将来に夢なんて見れなくなる状態だろう。俺にはその気持ちははっきりとは理解できないが、翠は同じセンチネルだから同情が深かった。俺はその気持ちを理解しようと、翠の手をとり、心の中に流れてくる気持ちを読み取った。 『怖い、怖い、辛い、不安……』  翔平の心の中にはこういう気持ちが流れているのか……それはまるで、胸を刀で切り開かれ、そこに塩を塗り込まれながら、金属バットで殴りつけられたとしても到達しないような、鋭くて、鈍くて、重たい痛みだった。 「公的な機関は、自己申告してからしか使えないからな。役所に申請する時点で、役所にはバレる。窓口で申請するとなると、会話で見知らぬ人にもバレる。こんな危険なことはないだろう」  実際、窓口で申請している途中で隣にいた男性にバレてしまった女性のセンチネルが、帰り際に拉致されて被害に遭ってしまったケースもあった。しかもその男はガイドだった。拉致監禁という事件に巻き込まれたにも関わらず、女性はストックホルム症候群になってしまい、犯人から離れられなくなってしまったという、悲惨な事件だった。 「じゃあオンライン申請にすればいいと言われそうだけれど、それこそネットなんていくらでも情報を探すことが出来るだろう。セキュリティに詳しい人間じゃないと不安でやろうとも思わないだろうな」  もちろん、申請する上ではある程度の秘密を知ってしまう事はよくあることだろうし、職員はそれを流布しないのなんてあたりまえだ。それでも当事者にとっては、知られたくない秘密であることに間違いはない。 「まあ、だから第三者機関としてうちのような会社が必要だったんだよな。設立して本当に良かったと思ってるよ」  俺たちの会社は、本当に望まれていたようで、設立した翌年には、利用者数が公的機関への申請者の三割を超えていた。一社で三割だ。他にも似たような会社はあるにはある。それでも、重要な情報を預けるにはかなりの信頼がいる。そこをクリアできたのが、うちの会社だったということなんだろう。 「そういえば、翠はどこで知ったんだ?」 「自分がセンチネルだってことか? 俺は、児童養護施設だな。俺の母親は、俺の五感が鋭すぎて育てにくくて自殺してんだよ。母親が死んでから施設に引き取られて、その時に検査したみたいだな」  そうか、と言いかけてふと疑問に思った。確かに翠は施設育ちだった。  俺は小学校からずっと一緒の幼馴染だ。ただし、働き始めるまではほとんど口を利くことも無い、ただの知り合いだった。だから、家庭事情はあまり知らない。そういえば、今でも父親の話は聞いたことがない。おそらく、触れてはいけない話題なんだろうと思って、一度も聞かずにいた。 「あ、ちなみに両親ともにミュートだったらしいぞ。それどころかどこまでたどっても親戚は全部ミュートだったらしい。だから誰も引き取らなかったんだ。扱いがわからないからって。父親なんて、すぐ行方くらましたらしいぞ」  そう言いながら、俺にぎゅっとしがみついて来た。平気そうなふりをしてはいるが、思い出すと色々あるんだろう。俺は翠の頭を撫でた。翠はまた、額を俺の胸に擦り付けていた。 「翔平が安心して暮らせるようになるまで、お前がしっかり面倒見てやれよ」  そう言いながら俺の首に手を回し、そっと口付けた。その顔は、拗ねているのを必死に隠そうとしていた。この短い時間で、すでに二回目。そんな可愛いことをされて、大人しく寝かせてあげられるわけがない。  ベッドに手を着いて上半身を起こし、翠の上に跨った。じっと目を見つめると、恥ずかしくなったのかフイッと目を逸らされた。 「かわいいヤキモチ妬かれて、ほっといたらほっといたで寂しいだろ? こっち向いてよ、翠」  それでもどうしようか迷っていたから、首に俺の印をつけてあげた。そっと口付けて、そのままチュウッと音を立てるまで吸い上げた。 「んっ、痛っ!」  俺はぺろっと舌を出して、ニヤリと笑った。翠はそれを見て、俺の意図を察したらしい。ガバッと俺に覆い被さると、首から腰骨のあたりまで大量のキスマークをつけていった。 「誰がどう見ても、俺は翠のものってことだろ? ケアの時はセンチネルは正気じゃないから、これを気にする余裕はない。だから、安心して、帰りを待っててよ」 「わかった……じゃあ、もう一回シテよ…そしたら、大丈夫だから」 俺は翠の顎を指でクイっと上に向けた。そして、ゆっくりと深いキスをして、耳元でそっと囁いた。 「もちろん。何度でも」 その言葉を聞いて、翠はとても幸せそうに笑った。

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