25 / 35

第25話 シグナル、トランス、レシーブ2

「お邪魔しまーす」 「あ、いらっしゃい、鉄平くん。後でお茶とケーキとか持っていくね。その後私たちデートだから。今日は二人で過ごしていいよ。ご近所迷惑にならない程度にね。色々とね」  一階で、母さんが鉄平に声をかけている。それが親の言うことかと疑問に思ってしまうほど、明け透けな内容でこっちが照れてしまう。本当にデリカシーが無いったら。まあ、いつもそうだから別にいいんだけど。  今は二十時過ぎ。この時間まではお互いに家でしっかり勉強して、これからの時間は二人でゆっくり過ごそうと約束していた。今日は特別な日だから。だって、クリスマスイブなんだ。鉄平と両思いになってから、初めてのクリスマス。しかも今日は金曜日。明日は夕方にまた果貫さんが来るけれど、それまではゆっくり出来るから。この間、リカバリールームでケアをしてもらった後に約束した。イブからクリスマスまではずっと一緒にいようって。 「おーす、翔平。捗った? 俺、やっぱり化学苦手……」 「じゃあうちの親に教えてもらったらいいよ。二人とも理系得意だから。俺が教えてもいいけど」 「えー、翔平の近くにいたら勉強どころじゃなくなるし……いてっ!」 「何言ってんだよ! 全く……」  来て早々に俺に手を出そうとする鉄平の頬をビヨーンと引っ張った。今は、顔を見るとこないだのケアを思い出してしまって……俺が結構ひどい状態だったから、ものすごーく丁寧に、ものすごーく優しく抱いてくれた。初めての日の夜みたいに、汗が光る鉄平の顔を思い出しては赤面する日々を乗り越えたのは、ついさっきだ。油断するとすぐ顔がニヤけてしまうし、本当にだらしない顔つきになって嫌だった。人の気も知らないで、鉄平め。 「今日もフィルコ貼ってんの? 一緒にいるのにそんなの貼らなくても良く無い? そんなに俺としたく無いわけ?」  拗ねた顔をして俺を懐柔しようとする鉄平の頭をパコっと殴って、俺はパソコンのディスプレイを鉄平の顔の前に突き出した。そこには、俺が作った曲のデータが数トラック分並んでいる。その中から、どれか一曲を選んでミックスダウンまで終わらせようって話で今日は呼んだんだから。三年生がアルバムを作って後輩に送るのが軽音学部の恒例。そのためのデータ作りは、今のタイミングしかない。俺は自分の分は作り終わったので、後は鉄平がギターを弾いて、俺は最後に大仕事が一つ残っている。それは、歌入れだ。 「今日は歌入れしないといけないから、それが終わるまでは手を出すなよ! 声が枯れたら歌えなくなるだろ」 「やだ、声枯らす予定なの? ヤラシー」 「お、前が、そうなるようにするから……」  俺が反論しながら掴みかかったところを、待ってましたとばかりに引き寄せられた。そのままベッドに倒れ込んでしまって、あの綺麗な瞳にじっと見つめられてしまう。鉄平の目は、魔力があるんだ。その目で見つめられたら、動けなくなってしまう。俺がおとなしくなったのを見計らって、すかさず唇を奪われた。 「んっ、あ、もう! だから、ダメだってば……」  もがいて離れようとするけれど、鉄平の唇が気持ち良すぎて上手く動けない。絶対に離さないって言う意思がガンガン伝わってくる。細胞の一つ一つが俺を求めているみたいにエネルギーに満ちていて、その全てから光が放たれているみたいだった。その光に俺は絡め取られて、動けなくなって、気持ちよくなる。 「あ……」  キスだけで勃っちゃった……しかも鉄平何も言わないし。いつもなら軽口叩いてくるから、軽くかわせるのに。すごく真剣な目で、キスし続けてる。今までよりも断然オスって感じで……。そうやって戸惑っていると、だんだん鉄平の息が熱く短くなってきた。スウェットの下に手をスッと入れてきた。外から来たばかりだから、まだ指先が冷たい。その刺激にピクリと動くと、だんだん乳首に向かってスルスルとその指を動かしていった。 「あ、も、ちょ……」  反論しようと身を屈めた瞬間、冷たい人差し指がツンと乳首を押し込んだ。あまりに気持ちよくて「ああん!」と叫んでしまった。なんと、トレーにクッキーとケーキとコーヒーを持って、ドアを開けた母さんに向かって……。真正面から。 「え、あ、ああ、あああああ!」  しかも、甘イキしてしまった。母さんを見て……。 「てっぺ……ばか、ばか、ばかー! う、後ろっ! 見ろ!」 「えっ?」  母さんは、驚きすぎて固まっていたかと思うと、トレーを持ったまま豪快に笑い始めた。 「あーっはっはっはっはっは! 何やってんの……鍵くらい閉めておきなさいよ……ていうか、言ったじゃないのよ、鉄平くん。おやつ持っていくからねって、デート行くから後は二人で過ごしてねって、待ちなさいよちょっとくらい……くははははは!」  あまりに豪快に笑うから、トレーのコーヒーが溢れそうになっていた。鉄平は鉄平で事態についていけなくて、ポカーンとしていた。そのままじゃ鉄平が火傷しそうだったから、俺は立ち上がって母さんからトレーを奪い取った。 「もう! 笑いすぎだってば……俺、思春期なんですけど! 少しはデリカシーってもんがないの!」  トレーをベッドサイドの小さなチェストの上に置きながら、俺は母さんを睨んだ。母さんはひとしきり笑った後、涙を流したまま俺をじっと見ていた。 「な、何? 恥ずかしいから出来れば早く出てもらいたいんだけど……そして忘れてね」  俺がそういうと、母さんは眩しそうに微笑んだ。そして、頷くと涙を拭いて鉄平にも笑いかけた。 「いやあ、すごいところを見ちゃったけど、二人がペアになって良かったなって改めて思ったよ。鉄平くん、翔平のこと、改めてよろしくね」  鉄平は一瞬理解が及ばずに呆けていたけれど、すぐに「はい!」と元気に答えた。母さんは、鉄平のその返事に満足したようで、笑いながら扉を閉めて出ていった。 「じゃあ、私たちもデートだから。また明日ね。翔平、戸締りちゃんとするのよ」  そう言って、出かけていった。 「やっべー、恥ずかし……あんなところ見られるなんて」 「バカ、お前、俺なんて親にあんな……あんな声出してるところ正面から見られたんだぞ!」 「う、ごめんて……」  俺は本当に恥ずかしくて、このまま消えてしまいたいとさえ思っていた。でも、さっきの母さんの顔を思い出して、ふと思った。 「でも、さっきの母さん、俺たちの幸せ心から喜んでくれてるって感じだった」  ゾーンアウトしたあの日、自分が生まれてこなければ良かったんじゃないかと思ってしまった。その思いが辛すぎて、死んでしまうかと思った。鉄平が俺にたくさん言ってくれたから、今ここにいるようなもんだ。 「だから言っただろ? お前は愛されてるよ。生まれてきて良かったんだよ。お前のために働いてくれて、うまいご飯作ってくれて、お菓子まで焼いてくれて、イチャイチャする場所の提供までしてくれてる。すごいよな、おばさん。普通怒るんじゃね?」  そう言って鉄平が笑うから、俺も嬉しくなって笑った。さっきの笑顔が全てだと思った。 ——俺、すごく愛されてる。伝わったよ、母さん。 「さて、じゃあ食べながら弾いて、録りますかね」  鉄平はそう言うと、「よっこらしょ」と言いながらギターを抱えた。俺は「おじさんかよ」と言いながら、インターフェースにギターを繋いだ。 「おし、クリックお願いしまーす」 「はいよ」  そうしてしばらくギター録りを繰り返し、ベストテイクを選んで、俺は歌入れをした。俺、こう見えて歌うの上手いんだ。だから、歌はファーストテイクで終了。その後ミックスしてデータを指定フォルダに入れ終わったのは、もうクリスマス直前だった。 「鉄平、これ。俺からプレゼント」  そう言って俺は、鉄平の指にシルバーのリングを嵌めた。それは、俺の数少ない趣味の一つ。母さんから習った、アートクレイシルバーで作ったリングだ。俺はマメンツがあるけど、鉄平にはそう言うのが無いから。いつも俺と一緒にいられるように、手作りのアクセサリーを贈った。 「うお、これ翔平が作ったの!? やべ、泣くかも……すっげ嬉し……」  鉄平は右手の薬指に嵌めた指輪を、光に翳したりしながらすごく喜んでくれていた。俺はそれがすごく嬉しくて、その様子をスマホで動画に撮っていた。 「鉄平、指輪見せびらかしてみて」 「お、どうだ、いいだろー。もらったんだぞー」 「誰からですか?」 「好きな人ー」  そんなバカみたいなやり取りをして、二人して笑っていた。そして、迎えた25日、0時。 「メリークリスマス、翔平。これからもずっと一緒にいような」  そう言って、すごくすごく優しくて色っぽいキスをくれた。  チュッって口づけて、はあって離れて、お互い見つめ合って、すごく好きで。今日やること全部終わって、思う存分抱き合える……    そう思っていた0時5分。俺のスマホが急に鳴り始めた。  それでもしばらくは無視してた。今は鉄平に意識が向かってるから、着信を知らせるバイブの音もあまり気にならない。夢中になってキスをして、二人で倒れ込んだ時に、まだなり続けてることに気がついた。 「なんか、長くない? 急ぎの電話なんじゃないの? 出るか?」 「うん……なんだろな、こんな時間に」    鉄平も変に思ったらしくて、着信を知らせる画面を覗いてみた。着信は、父さんからだった。 「もしもし、父さん? どうかした?」  通話中の文字の向こう、父さんの切羽詰まった声が聞こえた。 『鉄平! 母さんが逮捕された! すぐ来てくれ!!』  俺たちは、初めてのクリスマスを、とてつもなく嫌なムードで迎えることになった。

ともだちにシェアしよう!