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第29話 卯一郎
山城が作ったリゾットを翠が美味そうに頬張るのを眺めていて、安心するのと同時に、苛立ちを感じる。あんなに脅えていた借金取りの作った食事がそんなに気に入ったのか・・・?俺も料理を習っておけば良かった・・・。
誰かに何かをしてやりたい、そう思うことは今までなかった。むしろ、誰かにして貰うのが当たり前になっていた。翠にいろいろと気を使ってやってもらうのもそれはそれで嬉しかったが、翠には何かをしてやりたい。喜んで欲しい、頼って欲しい、そう思える。不思議な、いままで考えた事も思いついた事もない感覚に少し俺は戸惑う。これが本当に誰かを愛するということなのだろうか?
その後、山城の作った食事をたいらげた翠は眠たそうに何度かあくびをし始めた。翠の眠りはとても深い。俺が食糧を買いに下山をした時、何度か体を揺すって声をかけたが、まったく起きる様子がなかった。疲れているせいかもしれないと思い、そのまま寝かせて下山したのは間違いだった。翠は、下山した俺が黙って出て行ったのだと思い哀しみにくれたのだろう。帰ってきた俺を見たその瞳は、悲しみに揺れていた。
あの表情を思い出すと、胸の奥から愛しくて守ってやりたくなる。どうしても俺の国へ連れて行きたくなる。
「・・・・同じ部屋・・・?」
「翠と俺は同じ部屋で同じベッドで眠っている。邪魔をしないでお前は寒い畳の部屋で寝ればいい」
「・・・・お、お前ら・・・まさか・・・! もうヤっちゃってるの!?」
「? やるって何を?」
「下賤が」
キスから先には進んでいない。進みたいとは思うが、翠の反応から察するに、やはり、翠はそういった経験はないようだ。
「・・・・翠ちゃんの反応見る限り・・・ひひひ・・・そうですか、まだですね。ぶっふふふ・・・・」
「だから何をですか?」
「貴様、俺が優しく寝かしつけてやろうか?」
翠はこのまま、俺とするまで何も知らなくて良い。俺がちゃんと教えるし、俺は経験が豊富にある。山城にこれ以上なにも言わせる気はない。もし、何か余計な事をいうならば、俺が寝かしつけてやろう。
「ぶっふふふ! お、俺に当たられても困るんだけど! ぶひゃひゃひゃ!・・・・・しかし、床に布団と、カビ臭い寒い部屋、どっちがいいとか・・・なにその選択肢・・・」
翠は悪意のない選択肢に、山城はぶつくさと文句を言うと選択肢の中でマシな床に布団を選び、さっさと眠りに落ちていた。正直、カビ臭い畳みの部屋に押し込んでやりたい気持になったが、翠もそろそろ限界なのだろう。何度か船を漕いでは現実に戻ってくるという仕草を見せ始めていた。ここでまた山城ともめて翠が慌てるのは、可哀想に思い、明日の朝にはこのロッジから追い出すことにすれば良いと、自分の苛立ちを納めた。
「翠、早くこい。もう寝るぞ」
「あ、はい」
素直に俺の横に潜り込んでくる翠に、気をよくしつつ、やはり、翠は俺を特別な目で見ていない事にがっかりもし、だったらとさりげなく翠の唇におやすみのキスをしてみると、翠はそれを当たり前のように受け取って、そのまま眠りに落ちていった。
翠にとって、今、俺はどういう存在なのだろうか? 俺にとって翠はどういう存在なのだろう? 俺の頭の中でその問いがグルグルと回っていたが、翠の体の温かさに誘われるように、俺も眠りに落ちていったようだった。
その横で、かすかに翠が呻いていたので、俺は翠の体を夢うつつに抱きしめ、翠の額にキスを落とした。
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