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第30話 -翠(アキラ)-
朝日がカーテンから差し込んで僕の頬に当たって、目が醒めた。
隣に眠っていた卯一郎さんの姿はなく・・・僕はベッドサイドの時計へ目をやると、もう十時をまわっていたんだ。
「わ、寝過ぎた」
ベッドから出ると、山城さんが寝ていた布団が部屋の隅に綺麗にたたまれて、どうやら僕一人が寝坊したようになっている。早く起きても別になにもないんだけど・・・いや、屋根、どうなってるかな・・・ロッジの周りも雪がてんこ盛りだったら、今日は一日中雪かきという重労働が待っている。
「翠、目覚めたか?」
部屋のドアがそっと開いて、卯一郎さんが顔を出した。朝から眩しい美しい・・・。まるでどこか海外の美術館に飾ってあるような何億もする絵画から飛び出してきた人みたいだよ・・・。
「翠?」
「あ、おはよ・・・じゃないですね。遅くなりました」
「それより、気分はどうだ?」
「え? 気分ですか? 大丈夫ですけど・・・?」
卯一郎さんがどうしてか、心配そうに僕の傍へきて顔を覗き込む。ああ・・・本当に綺麗な顔だな~・・・朝からこんな綺麗な人を見られるなんて、なんて幸せ・・・
「・・・・翠、お前、そのバカみたいな顔、本当に止めた方がいいぞ」
「んぐ!」
しまった。またバカみたいに口が開いてた。朝から毒舌というより、僕を諌めて困ったように笑う卯一郎さん。そんな顔を見てると、またバカ見たく見惚れて口を開けちゃいそうで、僕は頬の筋肉を引き締めなおした。
「翠、朝食が出来ているから、着替えて下に降りてくると良い」
「え! ごはんですか・・・? あ、そっか、山城さん」
「あいつは、いいコックになれるぞ」
「コックさん・・・ですか・・・」
山城さんは、借金取りですよ、卯一郎さん・・・ぼくも忘れかけていましたけど。
「急いで、着替えて下へ降りますので、卯一郎さんは下へ行ってください」
「・・・わかった。だが、急ぐ事はない」
そういうと、卯一郎さんは流れるような美しい動きで僕の唇に、やさしく触れるだけのキスをすると、部屋を出ていった。僕はまた、バカみたいに口を開けて、優雅に部屋を出ていた卯一郎さんをぼんやり眺めていたのは言うまでもなく。本当に美しい人って所作も美しい。たぶん、貴族さまということもあるんだろうけど、卯一郎さんは動きがなんていうか、スマート? というのか、卯一郎さんが動くと周りの空気も一緒に動いて行く感じでとても自然なんだよね。バタバタしてる僕とは大違いだよ。ああいうの見習うべき何だろうけど、難しい。しっかりがっつり庶民な僕には美しい所作ってイマイチ理解できていないから。
僕はそんなことを考えつつ、着替えをし部屋にある狭い洗面台で顔を洗い、歯を磨いてスッキリさせてから一階へ降りた。階段を降りている最中にすごくいい香りが漂ってくる。パンと、ベーコンかな? 美味しそうな香りだ。そんな良い香りを嗅いだ途端にお腹が空いていることと、昔、このロッジにお客さんがたくさん泊りに来て賑やかだった頃を思い出した。
母さんが、朝早く起きて手作りのパンを焼き、新鮮な野菜を買いに父さんは市場へ向かうのが日課だった。そして、コーヒー豆を挽くのは僕の日課。僕も父さん達よりは少し遅いけど、お客さんのためにコーヒー豆を挽きたくて、早起きしてた。大学へ行く前の生活はそんな感じだった。朝から賑やかで、楽しくて温かい・・・
「翠?」
気が付くと、僕は卯一郎さんに抱きしめられていた。
僕が立っている階段の二段下に立っている卯一郎さん。それで、やっと僕と同じぐらいの身長なんだ・・・。大きい人だな・・・そして、すごく温かいし、良い香りがする。なにか香水とかつけてたかな? そういう香りでもない感じだけど、僕は香水はつけないし、興味がないから良く分からない・・・。
「翠、大丈夫か・・・?」
「・・・・・え?」
そういえば、いつの間に僕は卯一郎さんに抱きしめられていたんだろう? 卯一郎さんっていつも自然に僕を抱きしめてくれてるから、こういうこと慣れてるのかな? 卯一郎さんに抱きしめて貰える人って、どういう人? それに、どのぐらいいるのかな?
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