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第4話―翠(アキラ)―

「翠に」 「は、はい?」  「少しは栄養のある物を食わせようと思って、街まで降りてきた。行きは歩きで死にそうだったところ、住民に拾われた。帰りはその住民に車で送ってもらえたから、なんとか戻ってこられたぞ」 「・・・そ、そうだったんですか・・・」 「だから泣くな、翠。黙っていなくなって悪かった」 「な、泣いてなんか・・・」 いや、僕は泣いていた。寂しかった。卯一郎さんがいなくなって、僕はとても悲しくて心細くて寂しい思いを、今、ちゃんと認識して泣いていた。 「困ったな・・・」 「す、すみません・・・」 卯一郎さんは、そのまま僕の前に歩み寄ると、長い腕で僕を抱きしめた。ちょっと苦しいぐらいに。 「こういう事は、あんまり慣れてない」 「ぼ、僕もです・・・」 「まあ、何事も経験だ」 「そ、そうですね・・・」 ぎこちなく抱きしめてくれる卯一郎さんは力加減が分からないのか、とにかくギュウギュウと僕を抱きしめる。僕は少し苦しかったが、卯一郎さんの香りを感じて溢れる涙が止められずに、そのまま卯一郎さんに身を任せた。 両親が突然いなくなって、誰にも助けてもらえず不安で仕方なかったのを直視しないように過ごしてきた今までの全部が涙に代わって溢れてしまったように、僕はなかなか泣きやむ事ができなかったが、その間、ずっと、卯一郎さんは僕を抱きしめて背中を摩ってくれた。 「卯一郎さん、これは、チェロ? ですか?」 「ああ。そうだ」 卯一郎さんはどうやって運んできたのか分からないぐらいの食材と大きなキャリーバッグ・・・どう見ても楽器が入っているケースを、それも、恐らくチェロが入っているケースを持って帰って来ていた 「・・・卯一郎さんはチェリストだったんですか!?」 「まだ勉強中だが、小さいリサイタルは向こうで何回かやってる」 「す、すごい!」 「翠もリサイタルをやっているのか?」 「まさか・・・僕はホントに勉強中の勉強中で、人に聞かせる腕もないです」 「? そうか? 翠のバイオリン、俺は好きだぞ」 「へ!? え!? ええええ!?」 「なぜそこでそんなに驚く?」 「いや、なんていうか・・・」 「顔が真っ赤だぞ? 翠? 具合でも悪いか?」 「いい、いいいえええ~!げ、元気でっす!」 「? ホントに大丈夫か?」 「ふおおー!? う、卯一郎さん・・・!!」 僕は両親以外から褒められた事がほとんどないもんで、卯一郎さんに褒められて赤くなったところへ、卯一郎さんが僕の額に、自分の額を付けてくるという、恥ずかしいやら照れくさいやらで、僕はなかなか顔が赤くなるのが引かなかった。外国の人のスキンシップは純日本人の僕には強烈すぎる・・・! 「インスタントだがコーヒーがあるぞ。ミルクも買ってきた。あと、肉、野菜。他も」 「料理をするにも・・・ガスがないので」 「ああ、払っておいたから電気もガスも温泉も使えるぞ」 「・・・・ええ!!」 「リビングのテーブルに督促状とやらが、山になってた」 「・・・あ、見ました?」 「一千万はさすがに手持ちにないが」 「・・・・それも見ましたか・・・」 一千万の督促状は恐らく、嫌がらせでドアに貼られたやつだろう。さっさと捨てればよかったな・・・失敗した・・・ 「親切な住民達に公共料金の支払い方を教わったから、心配ない」 「え・・・!」 身長187センチのプラチナブロンドの貴族が田舎の郵便局で公共料金の支払いを・・・!?順番待ちの番号札を持って? 「ぶっ! あははははは、ははは・・・・」 「また急だな! お前は!」 「だって・・・ぶははは・・・ゆうびん・・・しはら・・・あはははは」 「なんだか訳が分からんが、まあ泣かれるよりいい。翠はそのまま笑ってろ」 「い、いや、も、だ、だいじょ・・・あははは、はははは」

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