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第11話―翠(アキラ)―

「翠?」 「はい!」 「どうした?」 「い、いえ、あ~・・・ここでお湯が溜まるのを見てるのもなんなので、上に行きませんか? 30分もすれば入れるぐらいにお湯が溜まると思うので」 「そうだな」 お湯が溜まるまでの30分間。その間に・・・一緒に入るのか、入らないのかを・・・僕は卯一郎さんに聞けるんだろうか・・・? お、男同士なにをモジモジする必要があるんだと思うんだけど、さっきの・・・告白めいた話を聞いてしまうと意識しなくても良い事に意識がいってしまう。・・・・・でも正直に言ってしまうと、卯一郎さんの素っ裸というものに興味がないわけではない。きっと綺麗で神々しいボディをお持ちになってるだろう。性的な意味ではなくて、なんていうか、秘仏公開ならぜひ見てみたいという感覚。 男同士で性的な意味っていうのも変な気がするな。僕はたぶん、そっちの方ではない。と、思う。思うっていうおぼろげな感覚なのは、僕が初恋もまだだからだ。小学生の時から僕の恋人はバイオリンだ。いくら弾いても飽きないどころか、愛しくて愛しくて仕方ない。バイオリンの音色は僕の心をいつも優しく揺さぶるんだ。 そんなことを考えながら僕は卯一郎さんの後に続いて部屋へと戻った。しばらく卯一郎さんと部屋で寛いで・・・いや、僕は例の質問をしようかしまいか悶々と考えていたんだけど、そろそろお湯が沸く頃だった・・・ 「翠」 「は、はいいい!」 「? なんだ? 大丈夫か?」 「も、もちろん、大丈夫です! そ、それよりなんでしょう?」 「いや、雪が降ってきたな、と」 「え?」 僕は卯一郎さんが窓へ目をやっているのに気付き、僕も窓に視線を移す。 あ、ホントだ。しかもけっこう降ってきた。今日は家の前の雪かきをしていない。明日は重労働が待ってるかも・・・とほほ・・・ って、明日の重労働よりも、いまは、僕は聞かなきゃいけない大事な事があるんだ! 意を決して僕が卯一郎さんに一緒に入るのか聞こうと口を開きかけたその時だった。 『ピンポーン』 突然の呼び鈴。いや、呼び鈴はだいたい突然鳴るものなのだが。 「誰か来たようだな?」 卯一郎さんがそう呟くが、僕は動けずにいた。呼び鈴イコール・・・・・ 「あーきーらーちゃーん! 居るんでしょ~! 出ておいで~」 その声を聞いて、僕はさらに硬直した。ああ・・・またかと思うが、それ以上に恐怖が僕を凍らせた。 「翠? どうした?」 卯一郎さんが心配そうに俯いて動かない僕に声をかける。 『ピンポーン ピンポーン ピンポーン』 「翠ちゃ~ん! ここ開けて~! お話しようよ~」 「・・・なんだ、騒がしい」 卯一郎さんはそういうと踵を返して部屋を出て行こうとした。僕は咄嗟に、ホントに反射的に背中を向けた卯一郎さんに飛びついて力いっぱい抱きしめた。 「? どうした? 翠?」 「う、卯一郎さん・・・出たらダメです」 「なぜ?」 「・・・・・あの声は・・・しゃ、借金取りです」 そう、忘れるわけがない借金取りの声。両親の葬式の日から、週に何度も現れては僕に金を返すように迫った。そんなお金はないの一点張りだったが、ある日、まだ雪が降る前に・・・僕が山の中で薪用の木を集めているところへ、借金取りの二人組がやってきた。 そして、そのうちの一人、若い赤毛の男が僕に言ったんだ。 『翠ちゃんって、美人だからさ・・・・・ゲイビデオでも出て稼いでみない?』 僕は初め、この人がなにを言ってるのか理解できなかった。でも暫くして、その赤毛が僕に向ける顔を見て気付いたんだ。とってもイヤだった。いやらしくて、汚らしい。そう思った。そしてそれと同時に恐怖を感じた。全身がやって来た危機に戦慄くのを感じ、勢い任せに持っていた木々を借金取りに向けてぶちまけ、僕はワケも分からず山の中を走った。何度も足を滑らせて転んで転んで・・・・気が付いたらロッジに着いていた。辺りはもう真っ暗だし全身泥だらけで、体中は痣と細かい傷だらけの状態だった。 「翠? 大丈夫か?」 卯一郎さんはそう言うと、卯一郎さんのウエストに回した僕の手の上に、そっと自分の手を重ねた。卯一郎さんの手の温もりを感じて、僕はまた目頭が熱くなるのを感じた。 『ピンポーン ピンポーン ピンポーン』 「あーきーらーちゃーん! 開けて~! 凍えて死んじゃう~」 「無視するか?」 「・・・・・・はい」 ホント、せっかくこんな山奥のロッジまで卯一郎さんのような高貴で美しい人が来てくれたというのに、僕は情けない姿ばっかりこの人に見せている。情けなさのバーゲンセール会場かよ。雪が多く積もって地元の人でなければ来られないと、タカをくくったのが失敗だった。こんなことなら、卯一郎さんには朝のうちに帰ってもらえば良かった。 無視を決め込んだが、借金取りの声と呼び鈴は止まなかった。僕は卯一郎さんの背中にしがみついたまま、この時間が早く終われと必死に祈った。けれど、卯一郎さんはだんだんイライラしてきたようだった。背中越しにも伝わる氷のオーラ。ヤバい! 「翠、心配ない。だからこの手を離せ。俺が話しをしてくる」 「ダ、ダメです! そんなこと絶対させられません!」 「心配ない。翠はこの部屋にいろ。手を離せ」 「絶対、離さない!」 「翠・・・!」 『ピンポーン  ピンポーン ピンポーン』 「翠ちゃーん」 そして、何度目かのピンポンと借金取りの声に、とうとう雪の女王卯一郎さんがブチギレた。 「ええい! うるさいやつだ! 黙らせてくる!」 「う、卯一郎さん! 落ち着いて~!!」 「離せ! 翠!」 「イヤです! ぜーーーーったい離さない!」 卯一郎さんは僕の腕を振りほどこうと力を入れてきたのが分かり、僕も振りほどかれまいと、必死に力を込め、卯一郎さんのウエストにしがみつく。卯一郎さんにもしもの事があったらと思うと、ゾッとする。僕は相撲でも取ってるように卯一郎さんに抱きついて、その場でじたばたとしていた。 ガターン!! ドシン!! え? ダンダンダンダン・・・・ バターン! 「おい! 翠ちゃん! 無事か!」 下の階から激しい破壊音と、階段を駆け上がる足音のあと、勢いよく開いたドアから、 例の赤毛の借金取りが、僕を引き離そうとする卯一郎さんと、その卯一郎さんを力いっぱい抱きしめている僕の前に・・・何故だか心配してそうな声色と表情で現れた。 そして・・・・ 「・・・・あれ? 翠ちゃんが・・・・襲ってんの?」 ・・・・・・きっと、この赤毛は・・・・バカなんだと思う。

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