12 / 34

第12話―翠(アキラ)―

「翠ちゃん、このデカイ外国人はなに?」 「翠の名を気安く呼ぶな、下賤が」 『下賤』と言われて赤毛の借金取りがニヤニヤした笑顔の奥で苛立ちをみせたようだった。卯一郎さんに話しかける言葉に棘が出てきている。 「だからさ、アンタ、誰よ?」 「下賤に名乗る名はない」 「ぶっ! なにこのオモシロ外国人!」 「貴様、いいかげんにしろよ?」 二人とも声を荒げている訳ではないんだけど、言葉の端々・・・いや、もう言葉そのもので剣突き合っている。この状況に僕は耐えられない。いつ乱闘になるのやらとひやひやする。卯一郎さんも大きいが、赤毛もそこそこ身長がある。 「ちょ、ちょっと待って乱暴はダメですよ! 卯一郎さん! 怪我でもしたら・・・」 「え、翠ちゃん、俺を心配してくれんの?」 「なんでアンタを心配するのさ! 僕が心配してるのは卯一郎さん!」 「翠・・・・」 卯一郎さんは僕の名をなんだか嬉しそうに呟いて、僕に女神の微笑みを見せた。はあ~ やっぱりとっても美しくて眩しいです卯一郎さん。そんな綺麗で美しい人が乱闘なんかやって怪我でもしたらと思うとゾッとする。 「おーい、翠ちゃん、口が開いてるよ~」 「んぐっ」 赤毛の呆れたような指摘で僕は急いで口を閉じた。またやってしまった卯一郎さん曰くバカみたいな顔・・・恥ずかしい・・・思わず口に手をやり、卯一郎さんを見ると、卯一郎さんは先程の嬉しそうな顔から打って変ってどことなく不機嫌そう。あ~僕がバカみたいな顔をして卯一郎さんに見とれてしまったのがイヤだったんだろうな・・・失敗した・・・ 「翠、向こうの部屋へ行っていろ。俺はこいつを追い出す」 「はあ? なに言ってんの? アンタさぁ自分が世界一強いとか勘違い系な人?」 「う、卯一郎さん。ダメです、怪我でもしたら!」 「下賤が」 貴方はチェリストなんですよ! 僕はそう叫ぼうと思った時、赤毛が卯一郎さんに殴りかかってきた。 僕は思わず卯一郎さんを庇おうと体が前へ出たが、なんとも言い難いイヤな鈍い音と共に、赤毛が倒れ込んだ。 「え? ええ? へ?」 腹を押さえて崩れ落ちた赤毛。そして一体何が起きたのかさっぱり把握できていない僕。その間に雪の女王さまが威厳たっぷり&蔑んだ瞳で、倒れてしまった赤毛を見下ろし、聞いたものを凍らせてしまうような冷たい声色で言い放った。 「下賤が俺に向かってくるとはな。しかし下賤は下賤。やってくる事が分かりやすい。バカめが。貴様が世界で一番強いとでも勘違いしているのか? ああ、聞えてないようだな。完全に落ちてるな」 極寒アイスブルーで赤毛を見下ろしダイアモンドダストの息吹。まるでヒーロー漫画の悪役・・・・・もとい、英雄のような立派な佇まいです、卯一郎さん。僕も怖くて泣きそ・・・もとい、カッコよくて見とれてしまいます! 「翠」 「は、はい!」 「また口が開いてるぞ」 「んぐ。す、すみません」 卯一郎さんのブリザード級の凍えるような冷徹さと、まるでダンスでも踊っていたかのような鮮やかな蹴りに僕はすっかり見とれてしまい、また口をバカみたいに開けていたんだ。恥ずかしい。 ・・・・ん? 「ああ!」 「なんだ?」 「お湯! 忘れてた!」 僕は倒れ込んでいる赤毛さんの脇を通り抜け、駆け足で階段を降りると風呂場へ向かった。 あ~やっぱり溢れちゃってるよ。すっかり忘れてた。かけ流しってワケじゃないロッジの温泉。急いで蛇口を閉めて温度を確かめた。少し熱いかと思うぐらいがちょうど良いんだ。 うん、オッケ。 いや、・・・・・オッケではない。卯一郎さんは一緒にお風呂に入るんだろうか。それに部屋で伸びている赤毛をどうしよう。縛って押し入れに入れて見なかった事にしてしま・・・・いやいやいやいや。僕ったらなにを言ってるんだよ。卯一郎さんと相談しよう。お風呂と赤毛の事・・・ 僕は卯一郎さんと赤毛がいる部屋へ戻り、お風呂の準備が出来た事と、赤毛をどうするのか卯一郎さんに尋ねた。 一緒にお風呂に入るかどうかの質問はとりあえず後回しにしてしまった・・・。だって、どう聞いたらいい・・・? 「縛り付けてクローゼットの奥にでも入れてしまえばいい。口を塞ぐのも忘れんようにしないとな」 わあ。卯一郎さんと僕の意見が一致しました。やったー・・・いやいやいやいや。ダメだって。 「卯一郎さん。その提案は却下でお願いします」 「なぜだ?」 「えっと、恐らく日本では犯罪です」 「ふん。俺の国でも犯罪だ」 「ですよねぇ」 「だが、このままにしておけば、またキーキーとうるさいぞ、こいつ」 「うーん・・・じゃあ、縛るだけにしておきますか?」 「・・・・縛るのは犯罪じゃないのか?」 「・・・・どうでしょう? ギリギリ犯罪なんですかね?」 「ふむ。まあしっかり口止めをしておけば良いだろう」 卯一郎さんはそういうと、失神中の赤毛のスーツの胸元から財布を探し当て、免許証を取り出すとスマホで写真を撮り、どこかへメールをしたみたいだった。そして財布を元に戻すと・・・・ 「さて、翠」 「はい」 「なにか丈夫なロープを持ってこい」 「・・・・ホントに縛るんですか?」 「心配するな。俺に任せておけ」 「でも・・・・」 「ボーイスカウトで、一通りの縛り方は知っている」 へ~・・・ボーイスカウトってそういうの習うんだ。知らなかった。縛り方ってそんなにいっぱいあるのか? ・・・・じゃ、なくて! 「ホントにやりますか?」 「ああ。俺は俺の邪魔をする者が嫌いだ」 うひゃ~! このロッジに卯一郎さんがやってきてから、たぶん一番のブリザードですね。僕は背中に悪寒が走ってしまいます。こわい。怖いから従おう。

ともだちにシェアしよう!