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第16話―翠(アキラ)―

僕と卯一郎さんは温かい湯気が立ち上る、浴槽へゆっくりと身を沈める。 なんとなく恥ずかしい気もするけれど、僕は卯一郎さんの隣、一人分程間隔を開けて座った。このお風呂には天窓が付いてて、日が沈みかけて宇宙の真空を思い出させる暗闇が支配し始める。晴れていれば美しいマジックアワーだったが、生憎と今日は雪が降り始め、夜にかけて吹雪きそうだ。 「吹雪いてきたな」 「そうですね・・・」 ああ、雪かきが大変だ。今年は雪が多い。あ、屋根の雪も降ろさないとヤバいかな。 屋根の雪下ろしは大変だ。一人でやれない。卯一郎さんは明日もこのロッジにいてくれるんだろうか? 「卯一郎さん」 「なんだ?」 「あの・・・いつまでここにいられるんですか?」 「翠は・・・」 「いつまで俺にいて欲しい?」 「へ?」 予想していた答えではなく、質問が返って来て僕は卯一郎さんをみやった。 卯一郎さんも僕をじっと見つめていた。その表情は・・・・僕の都合よく、解釈して良いなら・・・ 「観光ビザで入国したんですか? それだったら、ビザが切れるまで・・・あー・・・その・・・温泉しか良い所がないロッジですけど・・・それまでいてくれたら・・・嬉しいんですけど・・・」 「翠・・・・」 「あ、あの、ホントに何も・・・ないです。でも、卯一郎さんがいてくれたら・・・」 「もう黙れ、翠・・・・」 卯一郎さんはそういうと、僕の横に移動し、僕の肩を抱き寄せた。額に掛った前髪をそっと掻き分けられると、卯一郎さんの柔らかい唇が押し当てられるのを感じ、僕の心臓が跳ねる。 「なにもしないと誓ったが、そんな風に可愛くされると、俺も我慢できない。が・・・イヤだったか?」 「え・・・いえ、あの・・・イヤじゃ・・・ないです」 「翠・・・」 「っていうか! 卯一郎さんにキスされて嫌がる人なんてこの世にいるんですかね? いるんだったらお会いしたいぐらいですけど! ねぇ?」 僕は、とっても猛烈に恥ずかしかった。首まで真っ赤になってるのが分かるぐらい顔は赤くなってるし、とにかくその恥ずかしさを誤魔化す為に、僕は早口で卯一郎さんに話しかけたんだ。卯一郎さんの美しくてキラキラとしたアイスブルーの瞳が、近距離で僕を見つめてくる。すると、卯一郎さんはクスッと、笑いを堪えられなくなったように、でもとっても上品に噴出した。 「あ、翠、お前は・・・照れ屋なんだな・・・ふふふ・・・」 「え、だって・・・こんなに近くにこんな綺麗な人が・・・いたら誰だって照れて恥ずかしくなります・・・」 「お前も美しいのに? 鏡を見て気が付かないか?」 「・・・・・毎日見てますが・・・この顔について別にどうも思わないです」 ごく普通だ。自分の顔見て美しいなんて思うほど美しくもないし、イヤな顔だと思うほどでもないと思う。要はホントに普通の顔だと、僕は思ってる。母さんに似たと言われる僕だけど・・・・ 母さんはモテたらしいけど、それは父さんの自慢話みたいな、嘘かホントか分からない話しってやつだ。 「俺は、翠の顔を見ると、心臓が早鐘のようになってしまう。アジアンビューティーの神秘さを、俺は翠から感じる。もっと・・・お前の事を知りたくなる」 もう、聞いてるだけで身悶えたくなるセリフを、卯一郎さんは真面目な顔で平気で話してくる。アジアンビューティー? 神秘? そんなの初めて言われたし、言う人いるんだ・・・ってセリフ。外国人で貴族さまともなると、言う事が違う。違いすぎて僕はドンドン顔が赤くなる。でも、こういうセリフって卯一郎さんが言うから良いんだろう。僕が言ったらきっとドン引きだ。絶対言わないけど。 「アジアンビューティーっていうのは良く分からないですが、うーん・・・褒めて頂いて・・・嬉しいですが、とても恥ずかしいので・・・・もうこれぐらいにしませんか?」 そして、まだとっても近いです。卯一郎さん。さっき僕は卯一郎さんに肩を抱かれて、そのまま。卯一郎さんの体温を感じ僕は身じろぐ。僕の心臓も早鐘のように打って煩いぐらいだ。僕の提案に卯一郎さんは黙ったまま僕を上から見つめてきて、僕は卯一郎さんのアイスブルーの瞳から、目が離せなくなっていた。本当に綺麗・・・アイスブルーの瞳というか、青空のような暖かさも感じる瑠璃色。静かで幻想的な吸い込まれていく色。僕の心をすっかりとろかすような、美しい青・・・・ 「キスしてもいいか?」 「どうぞ」 ん? あれ? っと思ったけど、卯一郎さんの唇が僕の唇と重なった。 あれ? っと思った時に開いてしまった唇の隙間から、卯一郎さんの舌がもぐりこんできた。僕の舌をサラッと撫でるように、そのまま絡めて吸う。僕はその刺激のせいか、背筋をゾクゾクビリビリとしたものが走っていくのを感じた。

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