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第23話―翠(アキラ)―

この後、山城さんがピアノが弾けると分かって、卯一郎さんも僕も各々(おのおの)自分の楽器を手にとって、みんなで即席のセッションをやることになった。 「で、キミら、クラシック以外なんか弾けるのあんの?」 「クラシック以外か?」 「えっと・・・」 山城さんの質問に卯一郎さんと僕は顔を見合わせ、しばらく考えたが・・・ 僕も卯一郎さんもクラシック以外はあまり知らなくって、山城さんにブーブーと文句を言われた。で、三人が共通で知っているって曲が「上を向いて歩こう」だった。卯一郎さんは「スキヤキ」ってタイトルで覚えてて、それが面白くって僕の笑いの虫が暫く止まらず、なんとか笑いの虫を宥めてから、皆で上を向いて歩こうをセッション。なかなかいい感じに出来て、みんなで何度もその曲を弾いた。 「そういえば・・・」 「? なんだ?」 「バイオリンを習って三年ぐらい経った時に、母さんとこの曲を弾いた記憶がありますね・・・なんで忘れちゃってたんだろ・・・?」 「翠?」 弾き終わった後で思いだしたんだけど・・・昔、母さんのピアノで一度だけ一緒にこの曲を弾いた事があった。母さんのピアノ、どんな音だったっけ? 僕はなぜかぼんやりと霞みがかかったみたいに思い出せなかった。僕は最近、ホントにぼんやりしてしまう事が多くなってる。昔の楽しかった思い出や、辛かった事、父さんや母さんの事、思いだそうとすると、古い記憶になればなるほど霧が濃くなって見えない様に思い出せないんだ。別に困ったりはしてないから意識してなかったけど、卯一郎さんに昔のロッジの話をしようとすると、どうも上手く思い出せない。そして、そんな時、気が付くと卯一郎さんは心配そな顔で僕の顔をすごく近くで見てるんだ。 「翠、大丈夫か?」 ほら、心配そう。しかもすごく顔が近いです。卯一郎さん。 「はい。大丈夫ですよ? 卯一郎さん」 「・・・そうか?」 「はい」 この会話ももう何度目かな? やっぱり僕、ちょっとぼんやりしすぎかもしれない。しっかりしなきゃ。卯一郎さんに余計な心配かけさせちゃう。 「・・・・そろそろ寝るか~・・・やることもねぇし」 「そうだな・・・」 「そうですね、寝ましょうか」 寝るんで、みんなで寝室に移動した。みんなで・・・あ。 「山城さん、布団で寝ますか? それともカビ臭い隣の部屋のベッドで寝ますか?」 「・・・・カビ臭くない布団で寝たい」 「じゃあ、床に直接敷く事になりますが、いいですか? 畳の部屋はめちゃくちゃ寒いので、僕らと同じ部屋に敷きますけど」 一階に畳の部屋がある。ただ、すごく寒い。北向きの部屋に何故か作られた畳の部屋。僕はあの部屋が苦手だ。母さんもあの部屋は寒いからお客さんには使えないからって、ほとんど物置になってた。父さんはどうしても畳の部屋が欲しかったって言ってたっけ? でも間取り的に作れたのが、北側の寒い場所。結局だれも用がなければ行かない部屋になっている。 「・・・・同じ部屋・・・?」 「翠と俺は同じ部屋で同じベッドで眠っている。邪魔をしないでお前は寒い畳の部屋で寝ればいい」 「・・・・お、お前ら・・・まさか・・・! もうヤっちゃってるの!?」 「? やるって何を?」 「下賤が」 卯一郎さんが久しぶりに雪の女王さまに変身して身も凍るようなブリザードを山城さんには浴びせている。僕はそれを見てブルルと思わず身を震わせてしまった。なのに、山城さんは、なにやらニヤニヤとし始めた。 「・・・・翠ちゃんの反応見る限り・・・ひひひ・・・そうですか、まだですね。ぶっふふふ・・・・」 「だから何をですか?」 「貴様、俺が優しく寝かしつけてやろうか?」 ・・・僕が思うに、それって絶対優しく寝かしつける気がないですよね、卯一郎さん。 怖いです。 「ぶっふふふ! お、俺に当たられても困るんだけど! ぶひゃひゃひゃ!」 え~? もう、なんなんだろ? さっきから山城さんは変な笑いが止まらないし、卯一郎さんは機嫌がどんどん悪くなっているし~・・・僕にはこの状況がさっぱり分からないんだけど! 僕はすっかり置いてけぼりで、でも山城さんはしばらく笑いの虫がさっきの僕みたいに止まらなく笑い転げていると、卯一郎さんから蹴りを貰って、やっと収まった。喧嘩に発展する事もなく、僕らが寝ている部屋の床に布団を敷いて、自分で持ってきたトレーナーに着替えて布団にもぐりこむと、ホント、五秒も経たないウチに寝息を立て始めた。 「・・・・寝るの早い・・・」 「翠、早くこい。もう寝るぞ」 「あ、はい」 僕は卯一郎さんが開けてくれているベッドの半分へ潜り込む。なんか・・・良く考えたら・・・普通に潜り込んでしまった。僕も結構簡単に状況に慣れてしまっているのに驚く。でも、卯一郎さんの行動って、当たり前のようになんでもこなすから、僕もそれに引きずられてしまっているのかもしれない。 「おやすみ、翠」 「おやすみなさい。卯一郎さん」 卯一郎さんは極上の天使の微笑みで僕の唇に触れるだけのキスをした。僕もやっぱりそれが当たり前のように受け取る。卯一郎さんが当たり前にやるんで、なんか流されてるような・・・? ベッドに入って卯一郎さんの温もりを感じると、途端に睡魔がやってきた。山城さんの事が言えないくらい早く寝付いてしまったようだった。

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