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第33話 ー翠ー
もっと、もっともっと高く飛ばなきゃ!
僕はうんと力を体に入れて、一生懸命に高く飛ぼうと努力する。だけど、全然高く飛べない。手足をばたつかせ必死でもっと高く高くと飛ぼうと足掻いて入るんだけど、どんなに飛ぼうとしても僕の体は一メートルほど浮き上がるだけだった。
もっと高く飛ばないと、置いて行かれちゃう!
僕は何かに置いていかれたくなくて、追いつく為に飛ぼうとしてる。追いつこうとしているものはなんだろう? 良く分からないけれど、とにかく置いていかれたくなくて無我夢中で体に力を入れ、手足を動かす。そうすると、ふわっと体が浮いて、僕の体が高く上がっていった。
よし、追いつける! そう思った途端だった。無数に張り巡らされている電線に僕はひっかかってしまった。なんとか、その電線をかいくぐって、また上に飛ぼうとするんだけど、どんどん追いつこうとしている何かは僕を置いて高く飛び立っていく。僕は思わず叫んだ
「置いていかないで!」
「翠? どうした?」
「……え?」
気が付くと僕はベッドの上で卯一郎さんに顔をのぞきこまれていた。なんだ、夢だった。そうか、夢だったんだ……良かった……。
「翠、大丈夫か? うなされていた?」
「はい……でも夢だったんなら、大丈夫……」
心配そうに卯一郎さんが僕の頬をそっと撫でて、そのまま頭をやさしく撫でてくれた。子どもにするみたいにするその仕草は、やられてる方は恥ずかしいけれど、でも今の僕には卯一郎さんの体温と撫でてくれている手の大きさに涙が滲みそうになってくる。
「どんな夢を見たんだ?」
「え? ああ、ええっと……空を飛ぶ夢ですね……」
「? 楽しそうな夢っぽいが……?」
「全然楽しくなっかったんです。どんなに頑張ってもなかなか飛べないし、飛べても電線に引っ掛かって……」
「それは、苦しそうだ」
「でも、それよりも辛かったのは……置いていかれちゃう事で」
「置いていかれる?」
「何に置いていかれるのかは、憶えてないんですけど……」
「そうか……」
「あ、あの、卯一郎さん」
「ん?」
「腕、疲れちゃいますから。ありがとうございます。もう、寝ましょう」
「そうだな、明日はまた雪かきだろうからな」
「……そうですね」
みんなで雪かきをした夕方からまた雪が降り始めたんだ。どんだけ降るんだよ!って山城さんは頭を抱えていたけど、今日は屋根の雪が落ちているのが分かったから、家がつぶれる心配をしなくても済む。でも、また明日、雪かきか~……確かにイヤかも。
「翠、おやすみ」
「はい、おやすみなさい。卯一郎さん」
卯一郎さんは僕を抱き寄せて、深呼吸をしたっぽい。僕も卯一郎さんの腕の中で深呼吸をしてみた。卯一郎さんの匂い。僕は、卯一郎さんの匂いを胸にいっぱい吸い込んで、僕は、この人のことを、好きなんだなぁっとそう初めて認識した。初めて会った時から胸の高鳴り。一緒に過ごす間に感じた喜び。でも、それは、胸に仕舞っておく事。この人は男性で、僕が感じている思いはきっと間違っていることだから。そして、この人はきっと僕を置いてオーストリアに帰ってしまうんだから。
卯一郎さんが僕を置いて、オーストリアに帰る。そう考えた途端に、僕の胸に冷たく突き刺さる無数の針の雨。しかもこの雨はじわりと土に染み込むように胸を締めつけた。その痛みともなんとも形容しがたいものを追い払うように、僕はもう一度大きく卯一郎さんの匂いを吸いこんだ。その時、僕を抱きしめる卯一郎さんに大きくて温かい手がそっと僕の背中をさすってくれ、僕はその優しい温かな手の感触に誘導されるように、眠りにおちていった。
「あ~……また積もりやがったな~……」
食堂にある大きな窓のカーテンを開けて、山城さんが溜息交じりに言った。
「……今日も雪かきですね」
「そうみたいだな」
「俺、昨日ので腰が痛いんだけど」
「ふん、軟弱者」
「あ? つか、ういちゃん、なんで雪かき楽しそうなんだよ?」
「力仕事で汗をかくなど、したことがない。良い経験になる」
「うへ~……やだやだ、お坊ちゃんは」
「あ?」
雰囲気が悪くなりそう〜!なんとか誤魔化さなきゃ!話を話を〜……そうだ!
「ホントに食材、なくなりそうなんですか? 今日も朝ごはんが美味しいです」
「ふふふん! なんでも工夫だ」
「このパンケーキ、ホントにフワフワですっごく美味しい」
「翠、茹で野菜は? どうだ?」
「はい、この茹で野菜もちょうどいい加減で茹でてあって美味しいです……ってもしかして、卯一郎さんが作ったんですか?」
「そうだ。うまく出来たようだな」
「卯一郎さん、すごい! すごいです! もう料理が出来るようになるなんてさすがです!」
「……あー、はじまったわ~……」
山城さんは白けた目で僕らを見てるけど、だってすごいんだもん。卯一郎さんはウチに来た時は全く料理ができなかったんだよ? それがこの数日で野菜を丁度良く茹でられるんだ。すごいよ! は~やっぱり卯一郎ってなんでもこなせるすごい人なんだな~……
僕は尊敬のまなざしで卯一郎さんを眺めながら、茹でたニンジンをほおばった。その時、遠くの方からなにか、地響きのような低い音が近づいてくるのを感じたんだ。
「? はひひゃ、ひほへまへん?」
「翠、口に物を入れたまま話すな。行儀が悪いぞ」
う、やってしまった。確かに行儀が悪い。もごもごと口にいるニンジンを片付けようとするあいだも、だんだんとあの低い地鳴りが近づいてくる。
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