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第3話 みつるぎけんさん?

   その男の人は、券売機で券を買った後に俺のところへ来る。  俺はそれに対して「大人、一枚ですね」という、言っても言わなくてもいい台詞を言うのである。  むろんお客は何も言わない。 「……ごゆっくりどうぞ」  そう言って頭を下げると、相手はさっさと行ってしまう。接客はほとんどこれの繰り返しなのだが、あまりに客とのコミュニケーションというか要するに相手の返事がないと寂しくなる時も、ある。  まあ仕事なんだから仕方がないけどさ。  俺が溜め息を吐きもらったチケットを整理していると、隣のマルさんが言った。 「ほら、今の人。男前(おっとこまえ)でにょう。若いから湯人くんのおともだちなのかと思ったにょよ」 「いや……違いますよ」  今の見てたでしょ。相手は俺に全くの無関心、ノーリアクションです。  それでも、マルさんの言うように本当にあの人とお知り合いになれたらなんて、思うこともあるんだけれど。  俺は営業終了後か時には時間内にも、風呂場をシャキシャキと掃除する。もちろん他の人にもお願いするけど、俺のほぼ日課である。  おっとこまえでにょう、と言ったマルさんの言葉が俺の頭にぼんにゃりと残る。風呂場の床にブラシをかけながら俺は男の人の容姿を思い出す。  うん、本当に男前なんです。だから、俺も目の保養にしてるんです。  ……誤解のないよう言っとくと、別に裸を見てる訳じゃないよ。  あの人は最近、本当にほぼ毎日うちの風呂に来てくれる。うちは大きい温泉じゃないから、小さい代わりに安いのだ。宿泊もやってないし。  理由はどうあれ愛用してくれるのはちょっと嬉しい。そして、若い格好いい男の人なんて本当に珍しい。あの人は背も高いし、本当にテレビで見る俳優みたいに端正なのだ。  俺はそんなことを考えながら掃除を続けたのだけれど、ふと脱衣所の足拭きマットの隅に、何か反射するものが落ちていることに気が付いた。 「……あれ……」  免許証だ。カードの表面が蛍光灯の光をきらっと反射したのだ。  その写真の部分を見て、俺は驚く。そこにいたのは、今よりも少し若そうな、あの黒髪の男の人だったからである。  俺はカードの名前の部分を読む。 「……御剣(みつるぎ)(けん)……さん……?」  俺は思わぬ物を拾ってしまって、ドキドキしながらそっとポケットに入れた。

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