9 / 11
第9話 花火まで待てない
早くしないと花火が始まってしまう。始まれば興奮と音で話どころじゃない。
ゆいちゃんが不思議そうに見ている横をすり抜け、俺は玄関ロビーの声が聞こえないところまで歩いて電話をした。
ドキドキするし何をこんなことをしているのだろうと思う。普段だったら絶対にしない。でも、これが多分ラストチャンス。
電話はコールするが、出ない。俺は3コールを過ぎてもまだ鳴らしている。すると、4コール目で電話は出た。
「……もしもし?」
御剣さんの声だ。俺は焦って「あの」と告げる。
「お、温泉藪 やの、湯人です」
「……湯人くん?」
電話の奥から御剣さんの声が聞こえる。訝 し気だ。それもそうだろう。
「あっあの俺、御剣さんに言えなかったことがあって」
「そうか、何だろう」
「あのまだこちらにいますか? 花火大会にいますか?」
「えーと、いることはいるんだけど」
俺も花火大会に行きます、そう告げようとしたところで俺は入口の暖簾を見て驚いた。
暖簾を手でどけて現れたのは、電話を片手にもった御剣さん。俺が驚いて口を開けていると、御剣さんが電話を切って直接言ったのである。
「花火大会の取材はミドに任せて……俺はこっちに来たんだけど」
「え、えーと……どうして」
俺はまだ電話を耳に当てて話している。だって御剣さんがそこに。俺は混乱している。
御剣さんは俺に言う。
「俺も今日湯人くんとあんまり話せなくて……心残りだったから。俺のもう一度、忘れ物とゆうか……」
そう言うと、御剣さんは驚くことに俺を腕に抱き寄せた。俺は背の高い御剣さんの胸に頬を付けて、現状を飲み込めないでいたのである。
「俺、湯人くんのこと好きなんだけど……」
そう言って、戸惑うように俺の耳元を覗き込む御剣さんに、俺は恥ずかしくてなかなか目を直視できないでいた。
ともだちにシェアしよう!