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開幕 8

 彼は呪い続けたのだ。  歯を一本一本抜かれる時も。  手足を切り落とされながら犯された時も。  呪う言葉さえ、舌を切られ無くした時でさえ。  噛みつくべき歯も、相手を傷つける手足も、呪うべき言葉さえその舌とともに失っても。  それでも、絶望するよりも深く、呪った。  呪い続けた。  犯され続ける毎日の中でも。  助けられ、「役立たず」として扱われる毎日の中でも。  再び、犯され始めた今でも。  ただ呪った。  出来ることはそれ以外何一つ残されていなかったからこそ、呪い続けた。  だからだろうか。  だから・・・悪魔は彼の前に姿を表したのだろうか。  呻き、ただ言葉にならない呻き声で、それでも呪い続けている彼は浴室の扉がひらいたのに気付く。  あの男が帰ってきたのか。  そして、また自分を犯すのか。  呪え。  呪い続けろ。  男を。  全てを。  呪え。  呪え。  呪い続けろ。  軽やかな笑い声がした。  彼を見て、悪魔は嬉しそうに笑った。  そう、そんな風に悪魔は現れた。  介護施設の浴室に、無邪気な笑顔を浮かべながら。  悪魔は優しげな男の姿をしていた。  20代半ばの、優しい男の姿を。  その目の光に彼は戸惑った。  なんだ、この目は。  こんな目を見たことはある。  真っ黒なのに、光がある。  真っ黒なのに、透明。    彼がいた場所で、娼婦達が産み落とした赤ん坊の目だ。  母親や彼とは違い、まだ世界を理解してないその目はこんな色をしていた。  いつかは生まれてこなければ良かったと、その母親のような疲れ果てた色に変わるか、変わる前に殺されたのだろうけど。  子供達の行く末を彼も、その母親達も知らない。  「君に魔法をかけてあげる」  悪魔は明るい声で言った。  その素っ頓狂なまでに明るい声に、彼は呪うことを思わずめてしまった位、悪魔は明るかった。  悪魔は肛門から精液を垂れ流し、腹に自分の精液をぶちまけている彼を無邪気に見下ろしていた。  この状況をなんとも思っていないらしい。  悪魔はパジャマを着ていて、どこか見覚えがあった。    「すっごい魔法だよ?」  悪魔は赤ん坊みたいにキラキラと笑った。

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