12 / 156
開幕 11
浴室のマットの上に転がっていた彼は、唯一自由に動く首をもたげた。
燃えるような目が男を射抜く。
火のような憎しみがその内部で燃えていた。
突っ込んでいる時は快感でしかない、その視線に焦る。
こちらになにも出来ないと思って踏みにじる時には、その目が燃え上がれば燃える上がるほど、面白いとしか思わなかった。
だが、今・・・、見つかってはならない現場を見つかってしまった今、その目を恐怖として初めて男は感じた。
いや、でも、まだ・・・。
コイツは話せないのだし・・・しかし、バキバキに勃起した性器を剥き出しにして何を・・・。
でも、でも、コイツは誰だ?
ソイツはパジャマを着て、男の股間を面白そうに眺めているソイツを見つめる。
マジマジとソイツは男の性器を見ていた。
興奮している目だが性的なものではない。
その目には珍しいモノを見ている子供のような興奮だ。
それが気味が悪い。
奇妙だ。
奇妙すぎる男だ。
こんな反応はおかしい。
身体の不自由な利用者を犯している施設の職員。
それをこんな態度で見ているなんて。
それにこんな施設にパジャマで入ってきた?
どうやって? ここのセキュリティーはかなり厳しい。
世間を騒がせた障害者が殺された事件があってからは特にだ。
ここは金持ちの施設なのだ。
別の意味の恐怖がおこる。
なんでこんな男がここにいる?
お前は誰だ?
男がソイツを問い詰める前に、低い声が響いた。
それは笑い声だった。
笑い声は下から聞こえた。
そう、声をたてるはずがない彼が笑っていた。
口を大きく開いて。
その口には歯があった。
そして、大きく開いた口には確かに舌かあった。
歯の生えた彼の顔は男が思っていたようにとても美しかった。
そして、その声もまたよく通り、美しかった。
でも・・・でも・・・。
ほんのさっきまで彼には歯も舌もなかったのだ。
男は悲鳴をあげようとした。
声は出なかった。
その代わり、口からこぼれ落ちたのは、干からびた肉片と、おびただしい抜け落ちた歯だった。
干からびた肉片が自分の舌だと男が気付くまでに時間かかかった。
口の中に一本も歯が残っていないことは、舌ではなく指でさぐって理解した。
その口の中には舌がなくなり、全ての歯もなくなっていた。
呻き声しかでなかった。
そんなバカな!!
恐怖のあまり逃げ出そうとした脚が力を失い、浴室の床にへたりこむ。
脚が動かないのだ。
慌てて手を着き起き上がろうとした手の肘から下がポキリと鳴った。
崩れ落ちる。
腕が身体を支えられなかったのだ。
崩れ、床に転がった男の目の前に、黒くしなびたものが転がっていた。
それは・・・腕のようにみえた。
男はそれを掴もうとして腕を伸ばそうとして、悲鳴を上げた・・・つもりだったが、声はもう出ない。
右腕の肘から先は消えていた。
そして、男は理解した。
ポキリと折れ、千切れたのは・・・男の腕だったのだ。
そう、枯れた小枝が折れるみたいに。
触って右腕を確認しようと、左腕を伸ばした。
そして、また悲鳴を・・・あげられないことをわすれて、大きく口を開け呻く。
左腕も黒くしなびていた。
入浴介助用のTシャツの半袖の袖から覗く腕は、肘から先が枯れたようにしなびていた。
恐怖にかられ、思わず腕を振ってしまったら、肘から先がポロリとまるで剥がれるように落ちた。
立ち上がろうとした。
この悪夢から走って逃げようと。
パキン
パキン、
折れる音。
何が?
もう男は分かっていたような気がした。
男は起き上がることなどできなかった
男の両脚は膝から先が折れて、千切れていたのた。
そう、黒く干からびて。
男は浴室の床の上に転がっていた。
手足もなく、歯も舌もない口を開いて、呻き声をあげながら。
性器だけがまだ勃起して揺れていた。
そうそれは少し前の「彼」の姿だった。
ともだちにシェアしよう!