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グール 17
犬は持ってきたノートパソコンに映像を流していた。
警官の右手は粘土でもひきちきるように千切られた。
あまりに素早く千切られたので、血は少し遅れてふきだした。
僕には甘やかに思える血が降り注ぐのを楽しい気持ちでみていた。
血は暖かかっただろう。
生きている人間の血の熱さ。
僕はうっとりとする。
この場面の防犯カメラの映像はなかなかクリアで警察の怯えきった顔にぐっときた。
勃ちそうだ。
警官が好みのタイプだったのに余計に。
制服の男を殺すのはまた格別なモノがある。
悪鬼が警官の喉もとにかじりつくのと、もう一人の制服警官が駆けつけてくるのは同時で、もう一人の警官は迷わず、同僚の首に噛みついている男の頭を撃った。
正しい。
おそらくもう、警官は絶命していたからだ。
気にせず撃つべきだ。
いやほんと。
この国の制服警官にしてはいい判断だ。
頭に打ち込まれた銃弾は効いた。
男の頭は大きくゆれ、警官の首の肉をえぐりとりながらゆっくり床に倒れていった。
そう、頭を撃てば効く。
何が起こったのかわからないまま、でも後から来た警官は理解した。
実に制服警官にするには惜しい。
この二人は良い警官だった。
死んだ警官だけが良い警官になるわけだ。
だから、もう一人の女の方の悪鬼が凄まじいスピードで自分の方へ飛んできたのが分かった時、自分の首に歯が立てられたのが分かった時、その警官は女の頭へ拳銃をむけ、絶命する前に撃ち抜けたのだ。
犬達、「特殊な化け物」と戦うのになれている連中が駆けつけるまでにはまだそれからしばらくの時間を必要とした。
だが制服の正しい判断のおかげで悪鬼達は死んだ。
お手柄といってもいい。
職員達と利用者達は食堂で震え続けていた。
助けがくるまで。
警官達がいなければ、連中は外へ出ていた。
だから被害は施設の外には広がらなかった。
それに、悪鬼達が外へ出ようとしなかったなら、
もし、警官達が間に合わなかったなら、
丸腰の職員と、抵抗などできるはずもない利用者達は簡単に殺されただろう。
だから、生存した連中は運が良かっただけなのだ。
悪鬼達が食堂にむかわなかったから。
たまたま警官がいたから。
彼らは何人でも素手で殺せていただろう。
いや、でも。
「殺された職員達、ソイツらは【嫌われている】職員だったのか?」
僕は尋ねた。
「評判は良くなかった」
犬は簡潔に答えた。
「前日に殺された二人と同じように?」
僕は聞く。
一人は明らかに性的虐待を行っていた。
夜勤の相方の所業をもう片方が全く知らないはずがない。
また殺された二人も何らかの形で虐待をしている可能性はある。
・・・・・・虐待はそれを許す環境がある証拠だからた。
「虐待をしていた証拠はない」
そうとだけ犬は答えた。
「【嫌われてない】職員がいい」そう看護士にコールした男は言ったのだと言う。
何らかの意図がそこにはある。
【パジャマ】が部屋を訪れた、それだけでは利用者達は悪鬼、犬達が「グール」と呼んでいるモノに変化はしていないのだ。
誰かが訪れただけで変化するわけでもない。
事件を知らされ、かけつけた家族達、介助を行う職員、多数の人間が彼らの部屋を訪れたのだから。
【嫌いな】人間が部屋に訪れたなら、彼らは変化するとしたら?
それは何のために?
手足のない男が手足を得て、歩き出し、手足のあった男が手足を失う。
僕は指摘したはずだ。
入れ代わり,だ。
彼らは人を選んで入れ替わっている。
自らの意志で。
身体をではなく、立場をだ。
身体が動かない立場から、身体が動く立場へ。
その代償として「グール」に変わる。
化け物になる。
面白い。
面白いじゃないか。
「【パジャマ】が捕食者だと思っているんだな、お前達は」
僕は犬に言った。
人間を変えてしまう能力を持つ捕食者はたしかに過去にもいた。
「相方」と僕が呼んだ捕食者の能力「改変」だ。
相方は人間達を人間に良く似た植物に変えていた。
「植物人間」と僕はソイツらのことを呼んだがこれは色々不味いらしく「植物化人間」と犬が報告書に書いていた。
「おそらく。【パジャマ】彼が始まりだ」
犬は言った。
その通りだろう。
「さて、行くか」
僕は立ち上がった。
「どこへ?」
ガキが聞く。
「その施設にだ。【パジャマ】が訪れたのは4つの部屋と浴室。つまり5人に何かをした。だけど変化したのは4人。まだひとり残っている。ソイツにあわなきゃな」
僕は言った。
まだ【パジャマ】に出会っても、変化していない居住者がいる。
それはどういうことなのか。
面白い。
面白い事件だ。
これは楽しくなってきた。
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