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取引 1

 ソレは女だった。  それも年老いた。  もう、70は超えているだろう。  長い長い人生を、ベッドの上だけですごしてきた女だった。  それでもこの女は溢れるばかりの金があるそうだ。  もっとも、使うことも限られるだろう。  この老女は寝返りさえうてないのだ。  「あら、大変素敵な男性ね。あなたとても綺麗だわ」  小さな声で老女は言った。  とても小さな声だが、聞こえないわけではない。  犬も怒っていたが、調査をしていた馬鹿どもはこの女から情報を聞き出していなかった。  寝たきり老人が話ができるとも思っていなかったのだ。 【パジャマ】とあの晩会った参考人なのに、だ。 【パジャマ】がこの部屋を訪れたのはカメラで確認している。    老女の目には知性があった。  どこにも自由にいけなかったから、自分の中でゆっくり考え続けてきた人間の目だ。     長く拘束されても、心が折れないタイプがこういう目をしてる。  この女、タフだ。  長く閉じ込められても転向しない思想犯みたいな目をしてる。  何があっても譲らない目だ。  タフな女。  それは身体の問題じゃない。    僕は気に入った。  こういうヤツを刻むの、ホント好き。  でも、刻まない。   悪者じゃ無いから。   残念だけど。  だからヨロヨロとのばされた老女の手を手を握るだけでなく、恭しくキスして、お辞儀した。  老女が花のように笑った。 美しい僕にキスされて。  僕はとても綺麗で素敵だ。  僕の魅力の前では女も男も関係ない  「お話を聞かせていただけますか?お嬢さん」  僕は微笑んだ。    僕はその気になりさえすれば、とても柔らかく人と接することができるのだ。    老女はクスクス笑った。  少女のように。 そして、話してくれた。  老女が夜中に目を覚ますことは珍しいことではないそうだ。  あの子が立っていた。  姿は見違えてはいたが、その目でわかったのだと老女は言う。  綺麗な目。  この世界に生まれて来なかった子供達はこんな目をしているのではないか、と老女はいつも思っていた。  無垢の瞳。  話をしたことはなかった。   当たり前だ。  あの子は動けないだけでなく、話も出来ない、食事すら取れず、胃に穴をあけ、管をつくり直接注入しているのだ。  だが、あくまでも入居者をファミリーだといいはるホームは(施設ではなくホーム、これも言い張る)食事の時間は入居者達を本人の拒否がない場合は食堂でみんなで食べることにしていた。  家では暮らせない人達を集めて疑似家族を作ろうと。  それはとうでも良かった。  だけどずっと部屋にいるよりは、食堂だろうが移動できるのは悪く無かった。   そこであの子と知り合った。  というよりよく同じテーブルに座って並んで介助されてた。  あの子は食事ができないので、点滴のように液体栄養食品を流し込まれながら、リクライニングの車椅子に座りじっといろんなものを見ていただけだけど。  あの子は綺麗な目でいつだって世界を面白そうに見ていた。  あまり表情はないけれど、その目だけは良く動き、様々なモノの動きを追っていて、その視線はとまることなく動いていた。  日の中でキラキラと瞬くホコリ。  窓に張り付く蔦の葉の影の動く様子。  少しずつ移動する影の長さ。    長く「見る」ことを知っている人間にしか見えないものを、あの子は見ていた。 老女は僕に言う。  それは老女も同じだ。  ずっと見てきた。  だけどあの子はそこに老女以上に「見る」ことができるようだった。  視線がダンスをおどる。  視界から拾うものを音楽に変えているかように。  ああ、あの子には本当にこの世界が楽しいのだ、と老女は思った。  あの子は老女と目を合わす。  わかるでしょ、とその目が訴える。  老女は頷く。  あの子の瞳に老女は音楽を見る。  言葉はかわしたことはない。   交わせないから。    でもそうやって老女は【あの子】と交流していたのだった。  

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