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取引 7

 「あの子は言ったわ、あなたは動けるようになる。自由になるって。あなたに魔法をかけたからって」  老女は小さな声で、でもしっかり話した。    【パジャマ】が接触した身体が動かない人の一人で、まだ【グール】になっていない手だだ一人の人間。    「その魔法はどういう条件で発動するんですか?」  僕は丁寧に聞いた。  「強く思うだけでいいの。誰かを前にして【お前の身体を寄越せ】って。それで目の前の人からその人の能力を奪えるの」  老女の言葉で全てが納得した。  【パジャマ】は寝たきりの連中に【魔法】とやらをかけてまわったのだ。  おそらく、【パジャマ】は捕食者だ。  能力の発動条件は【身体が不自由な人間】が望んだ時に、その人間に欠けていた能力を他人から奪える、そういうことだ。  そして、その結果、能力を奪った人間は、人間を貪り喰うグールになる。    脳を潰さない限り死なない。  そういうことだ。  僕には疑問があった。  「・・・・・・何故あなたはその魔法を使わないのですか?」  老女に僕は問う。  魔法をかけられた連中はみんな、魔法をつかった。  おそらく、パジャマは人を喰う生き物になることは言っていない。  まあ、これはいいんじゃないか?     僕もガキに不死身の従属者になるってのは教えてなかったしね。  まあ、人喰って不死身になるのはオプションみたいなもんだ。   気にしなくてもいい。  実際、人が死んだことを知っても次の日、この女以外の二人は【魔法】をつかったのだ。    人を魔法の結果人を喰うモノになることがわかっても、だ。  嫌な職員が自分達の前に現れるのを待って、グールになった。  「・・・そうね、使いたくないと言ったら嘘になるわね」    老女は微笑んだ。  この女、本当に面白い。  拷問に最期の最期まで耐えられる人間の目をしてる。  意志が全ての五感を超越する奴の目だ。  刻み剥いても、叫び苦しみはしても、この目はこのままなのだろう。  たまにいる。  僕はそういう人間が大好きだ。  悪人だったらホントこの女刻んでやるのに。  ゾクゾクした。    「私はこの身体で何十年も生きてきたわ。私なりに戦ってきたの。あなたは私が何も出来ない、何もして来なかったと思っているのかも知れないけど。私は私に出来ることをしてきたの。他人の身体を奪ってやり直すような人生は私にはないわ。・・・私は戦ったし、恋もしたし、ここで一人朽ち果てていくとしても文句はないわ。私の人生を私が価値がなかったような真似なんかしてたまるもんですか」  女は挑戦的とも言える目をして僕を見た。  この女。  最高。  そして、多分、この女、僕が普通じゃないことが分かってる。  「・・・それに、使わないとしても【力】を持っているのはいいことね。あなた、今、私より弱いのよ?分かってる?」  女はだからそう言った。  確かに。  確かに。  女を瞬間で殺せたとしても、だ。  死ぬまでの数秒で、もしその状態で立場が入れ替わったとしたなら、死ぬのは僕になる。  能力だけが入れ替わるのだとしたら、女は死んでも僕は身動き出来ない身体になる。  この女が僕と代わって捕食者になるのかはわからないし、女にかけられた魔法とやらがどこまで有効なのかわからないけれど、その可能性がある限り試したいとは思わない。    そう、たった一度しか使えないとしても、この女は最弱の身体を持っているからこそ、最強なのだ。  不死身の僕さえ、殺せる可能性を持っている。  殺すことが出来ない捕食者を、もしかしたら不死をなくすことは出来ないかもしれないが、少なくとも身動き出来ない状態にすることができるのだ。  捕食者の能力は捕食者には有効。  捕食者を殺せるのは捕食者だけだからだ。  なるほど、【パジャマ】はこういう形で僕を殺せるのか。  直接的ではないけれど。  「私は最強の【武器】を持ち、【強者】のままそれを使うことなく死ぬの。わかる?それは私の慈悲よ。・・・私はこの世界を呪う代わりに慈悲を与えたの。私はとても強いから」  老女は儚げに笑った。  そのセリフとは不釣り合いな消え入るような微笑みを。    「あなたは最高だな」  僕は楽しくなってしまって笑った。  部屋の隅で、おそらくハラハラしながら僕と老女のやりとりを聞いていただろうガキが僕の上機嫌ぶりにびっくりしてる。  「でも、あなたは【呪い】をこの世界に放ったな。あなたは自分からは何があったかを話そうとしなかった。無力で言葉も話せない老人のふりをして、今日まで黙っていた。それはあなたの悪意だろ?」  僕は言った。  慈悲が聞いて呆れる。  この女は【パジャマ】のしでかす結果を少なくとも翌朝までにはわかってたのだ。    でも、今日聴きにくるまで黙ってた。  まあ、言ったところで信じてもらえたとはおもえないが。  でもさらに次の日また人が喰い殺され、それでもこの女は黙っていたのだ。  「【呪い】じゃないわ。【ワクチン】よ。ねぇ、何故人が人に酷いことか出来ると思う?自分はその立場にならないと思っているからよ。無力で弱い人間を消えてしまえばいいと思ったり、酷いことをするのは、自分はそれにはならないと思っているからよ。あの子のすることが広まれば・・・その考えは根本から変わるわ」  女は小さな声で言う。  弱毒化した原因をあえて打つことによって抗体をつくるワクチン。  それをあの殺人に例えるか。  弱い物を不要とし、いたぶるものが一瞬てその立場が入れ替わるその殺人を。  女に言わせれば、あのグール達の存在は、この世界を正すワクチンだ。  その存在を知ることに依って世界が変わる。  無力な老女の哀れな程に力ない声。  でも、その目は輝く程に輝いている。    「革命か」   僕は薄く笑う。  「そう。人の考え方は変わるわ。力無いものを虐げてはいけないのは、自分がその立場になるからってことをこれほど具体的に表すことはないと思わない?どんな道徳や善意より、この効果は大きい」  老女は嬉しそうだ。  やはりこの女、思想犯だ。   この女に自由に動く身体があったなら、この女は世界を変えるために様々なことをしただろう。  一つ間違えたなら、テロリストにすらなっていたかもしれない。  この女は諦めない。   動けない今でさえ、出来るだけのことをしようとするのだから。  

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