40 / 157

取引 9

 「スーツ、俺達、それでどこへ行くの?」  少年が嬉しそうにハンドルを握りながら私に聞く。  とうとう、免許を取ったのだ。  自分で運転したくてたまらないので、運転は任せている。  私が教えたから、少年の運転は信用できる。  私は座る後部座席の狭さに閉口する。  男が新しく買ったスポーツタイプの自動車は、二人で乗るためのような車で、後部座席はオマケのような扱いだった。  ただでさえ、すっかり大きくなった少年が座席を下げてくるのだ。  窮屈でたまらなく、そして、それがこの男の嫌がらせの一つであることに思い至る。  私は監視しなければならないから、彼らの車に乗ることが多い。  だから、あえて、後部座席が狭い車をえらんだのだ。  あの男はそういう男だ。  「犬、パジャマの母親はどこにいるかそろそろ言え」  助手席の男も偉そうに命令してくる。  少年からは「スーツ」、男からは「犬」と私ら呼ばれている。  この二人は私の名前を覚える気がない。  まあ、この男に名前など覚えられたくもない。  本来なら一切関わり合いになりたくない。  だが、仕事だ仕方ない。  私は無表情のまま答える。  「     病院だ。先月から入院している。病気でもうすぐ死ぬらしい」  癌だそうだ。  「なるほど。パジャマはそれであの施設を出たのか」  男は納得する。    少年はナビに病院の名前を入れて、車を発進させた。  嬉しそうだ。  男の仕事を助けるという名目で、男に免許を取りに行く許可をもらったが、少年の本当の理由は「好きな人を助手席に乗せてドライブしたい」なのだ。  願いがかなったのが本当にうれしいらしい、鼻歌まで歌っている。  少年の目に男はどう見えているのか、といつも不思議に思う。  彼の好きな人は世にもおぞましい殺人鬼なことを除けば、その喜び様の可愛らしさに頭を撫でたくなるほどだ。  だが撫でない。  撫でたなら腕を切り落とされる可能性かあるからだ。  この男は嫉妬深い。  車が動き出す。  後部座席の狭さに閉口しながら、携帯に入る部下達からの連絡を捌いていく。  「市内の繁華街で男が誘拐されたと思われる事件があったらしい。犯人は三人組の男達で、被害者に運転させどこかに向かったようだ」  私はわかったことを伝える。  「それ、だろうな。被害者に運転させたってところだ。運転できるヤツはいなさそうだしな」  男は言った。  「目撃者でもいたのか?それに誘拐されたと思われるってのは何だ?」  男は聞く。  「車の所有者の友人は目の前で男が車に引きずり込まれるのは確かにみたんだが、その後車の中セックスが始まったんで誘拐だとは思わなかったらしい。そういう、プレイかと思ったそうだ」   私は答える。  歓楽街の路地裏だ。  車で来る相手相手にはした金で車の中でセックスする連中もいる地域だ。    「何人で?僕は複数プレイは好きじゃないけどね」  ニヤニヤしながら、男は聞いてくるが、コレは必要な情報をさがしているのだとわかる。  この男は仕事は真面目なのだ。  真面目に真剣に、絶対に、殺す。  凄腕の始末屋なのだ。   「ああ、車の所有者の上に男が跨がって腰を振ってて、それを他の二人が見ていたんだそうだ。もっとも、一人はずっと泣いてて、もう一人はセックスしている二人を【子供が動物の交尾でもみているかのように】見ていたらしい。激しいセックスで、車の所有者も声をあげて楽しんでいたから、順番でその男を抱く遊びなのかと思ったそうだ。だが所有者はそれから自動車ごと姿を消してる」  私は簡潔に言う。  「人前でセックスを楽しむ、か。相当ビッチだな。【ダルマ】だろうな、見ていたのが【パジャマ】、泣いていたのが【迷子】だろう」  男がいやらしい笑いを浮かべながら言う。   私もそう思う。  捕食者である【パジャマ】は社会との接点がほとんどないまま大人になっている。    愛情を受け「天使」と家族に呼ばれて育てられていたからこそ、セックス等の知識がない可能性はある。  【迷子】とあの男が呼ぶグールの19才の少年は、施設を出て行く時も泣いている姿がカメラに映っている。  グールになったショックに動揺したままだったのだろう。  「あまり激しくヤっていたので、とても誘拐されたばかりだとは思わなかったらしい」  私の言葉に男は笑う。  この男のユーモアのセンスは最悪なのだ。  「だが、車が向かった方向は分かった。そしてそこに、お前が言うところの【パジャマ】の別荘があることがわかった。管理会社は管理人夫婦から異常無しの報告を受けているが、一応部下を向かわせている。今回は殺せる相手と、戦闘能力のない補食者相手だから、君が行かなくてもいいだろう」  私は言った。      

ともだちにシェアしよう!