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取引 9

 「そうだな。今回の仕事は早く終わりそうだな。ただ、あの女みたいな潜在的なグールを作られる可能性はあるが。あの女見張っておけよ」  男は言った。  「手配済みだ」  私は簡潔に答える。    あの老女は油断出来ない。   見かけに騙されてはいけない。  「そうそう。結婚おめでとう、と言うべきかな」  男は薄く嫌な笑いを浮かべたまま、私の左薬指を見ながら言った。  ほんの少しも気持ちの入ってない声で。  そこには新しく作り直した指輪を嵌めていた。  もちろん、彼女の指にも嵌めてあり、そちらは簡単にとれないようにしてある。   彼女は指輪の存在など簡単に忘れるからだ。  「スーツ結婚したの・・・」  少年が複雑な声で言う。  「相手は彼女だよね」  少年はため息をつき、私の返事は聞かない。    男と違い「おめでとう」は少年からはない。  少年は妻である彼女のことがとても好きだからだ。  少年が彼女と私の関係に不安を抱いているのはわかっている。  私と妻の関係は歪だ。  愛し合ってはいても。  そんなことはわかっている。  以前妻と一緒に事件に巻き込まれた時、彼女の面倒を見ているうちに父性本能に目覚めたのか、父や兄のような気分でいるらしい。  彼女は少年より一回り以上は年上なのだが。  彼女、妻とは一度別れていた。    が、先月また籍を入れた。  離れられないと分かったからだ。         それがいいことなのかわからない。  だが決めた。  前にあった補食者がらみの事件で、恐ろしいことに、私の最大の弱点をこの男に知られてしまった。  妻のことを。  この男にしては珍しいことに、この男は妻を気に入っている。  それがどういう意味なのかは考えたくない。  この男に気に入られるのも、気に入られないのも、ろくな結果にならないからだ。  あげく妻はこの男に懐き、ダメだと言っているのに、たまに少年に数学を教えに彼らのマンションを訪れているらしい。    少年がいる限り、妻の全身の皮が剥かれることなどないとは思うが、あの男には関わってはいけないのだ。  こんな男にささやかな好意でも、もたれたりなどしてはいけないのた。  少年を見ればわかる。  この男に愛されたとしても、そこにあるのは拷問ではなくても違う種類の地獄なのだ。  この男の行くさきにも過去にも、地獄しかないのだ。  「彼女を大切にするんだな」  男が作り物めいたやさしい声で言った。  男の訳知り顔のバカにした笑顔と、冷たい眼差しに冷や汗が出た。  脅されている。  おそらく、男が目覚めなくなることがある、と私が少年から聞いたのを、男は知っているのだ。  それは男にとって不利な情報だ。  だからこそ男は脅してきているのだ。  男に不利になることをもし私がしたならば。  男は妻を殺すだろう。  それも残酷に。  そういうことだ。  「・・・・・・大切にするさ。これからも」  私は言った。    男は頷き、やっと目をそらしてくれた。  ぞっとする。  この男は闇でしかない。

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