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恋 4

 ガキが困ったようにベッドに座ってる。  僕はそれを窓枠に腰掛けてみつめる。  僕達は犬が容易したホテルの部屋にいた。  ビジネスホテルだ。  ガキの両腕はくっつけてやった。  服こそ血に汚れているが、両腕はもう綺麗に繋がっている。  何もなかったかのように。  何もなかったわけがないけどね。  さっさと公園を出て来たが、まあ大騒ぎになってたらしい。  犬とその部下どもが駆けつけてきて、「撮影」ということにしたと、今連絡があった。  スマホで撮影したことが疑われる連中は捕まえて、「著作権法の侵害になりますから」となんやら無理やり言って動画を消させることにも成功したらしい。  まあ、大変だろうが頑張れ犬。  ま、どうでもいいけど。  ガキは下を見て、また僕を見つめ、また下を向いて僕を見ることを繰り返している。  罪悪感か?  イラつく。  僕は何も言わない。  黙ってガキを見つめている。  「誤解だ」  何度目かの発言だ。  同じことしか言えないなら、その舌、斬ってしまえはいいんじゃないか?  斬りおとしてしまおうか。  手足も全部切り落として、お前をダルマにしてやろうか。  それでもお前は可愛いだろう。    僕としてはそれでもいいんだ。  僕はもうそれ程怒っていなかった。  コイツをダルマにしたとしても、それは怒りからじゃない。  「・・・・・・俺があんた以外に目がいくと思うのか!!」  ガキが困ったように言う。  いや。  お前は僕しか見ない。  そんなことはわかってる。  疑ったことさえない。  お前は僕を愛してる。  僕は無表情にガキを見つめる。  やはり、手足を斬ってしまおう。  大切に部屋に閉じ込めて。  もう誰にも見せない。  「・・・・・・そんな目しないで」  お仕置きを待っていたガキが、何もないことに耐えられず、僕に近づいてくる。  馬鹿じゃないかお前。     僕はお前を斬った。  狙ったのはあの誰だか知らない馬鹿だが、でもお前を斬っても構わないと思った。  僕はお前を斬れる。  お前をどんな酷い目にだって合わせられるんだ。   僕が気に入らない、そんな理由だけで。  なのに、なんで近付く。  お前こそなんでそんな目をする。  まるで僕を傷付けてしまったみたいな。  また斬ることは簡単だった。  何なら殺すことだってできた。  首を飛ばせばガキは死ぬ。  コイツの不死身は完全ではないのだ。  ガキがあの馬鹿を抱きしめていたのを見て、逆上した。  それが性的な意味ではないことなんて、わかってた。  コイツの僕に対する執着は凄まじいからだ。  大体、ああいうもっさりしたタイプはガキの趣味じゃない。  ガキは自分が抱けそうにない無理目の男がタイプだしな。    「そんな顔しないで」  ガキは僕の前に立ち、苦い声を出した。  苦しそうな顔だ。  両腕をもがれたお前がなんでそんなに罪悪感を感じているような目をしてるんだ。      「・・・僕がどんな顔してるって言うんだ」  僕は冷たい声でいう。     手足を奪ってしまおうか。  目を奪ってしまおうか。  その声を奪ってしまおうか。  僕はそれでもコイツが可愛いだろう。  ガキの手が優しく僕の頬を挟む。  コイツの指は優しい。  いつだって、壊れるのを恐れるかのように優しく触れてくる。  「・・・・・・泣いてるみたいな顔。ごめん。ごめん。・・・俺が悲しませたの?」  ガキがつらそうに言った。  僕が悲しい?  僕が泣きそう?  何を言っている。  「ごめん、ごめん。傷付けたならゴメン」  ガキは窓枠に座る僕を抱き締めた。  暖かく抱き込まれ、何度も耳もとでゴメンと囁かれた。    背中を慰めるように撫でられた。  コイツ、馬鹿か。  斬られた相手を慰めるのか?  それも、誤解だとわかっていて僕はお前を斬ったのに。    泣きはしなかった。  泣きはしなかったけど。  なんだか呻き声がでた。  ガキの胸に自分の顔をこすりつけてた。  「僕じゃ足りないか?」  自分のモノとはおもえない掠れた声がした。   泣き言みたいな声だった。    ガキが驚いたように動きを止めた。  「そんなわけないだろ!!」       怒ったような困ったような声がすぐに来て、それが本当なのが解って僕は安堵する。  「でも、笑ってた」  僕は小さい声で言う。  僕は何を言っている?  僕は何を。  「・・・・・・僕はお前にしか本当には笑わないのに」  僕は何を。  何を言ってる?      「お前以外は別になくてもいいのに。お前は違う。僕以外が欲しいんだろ」  友達とか。    家族とか。  仲間とか。  僕の知らない、僕の要らないものを。  お前は笑う。  僕以外にも。   お前は優しい。    僕以外にも。  僕は違う。  僕はお前だけでいいのに、お前は違う。  そんなの。  そんなの。    「狡い・・・・・・お前狡い・・・」  僕は呻いた。     強く抱き締められた。  ガキの身体が震えてた。  「・・・・・・あんたって・・・」  ガキの声が震えていた。  身体も震えていた。    包み込む身体が圧迫されるのが、何故か心地良くて、僕はガキの胸に顔をこすりつけた。    「ゴメン、ゴメン。・・・・・・あんただけなんだ、本当に」      ガキが苦しげに呻くように、胸の奥の言葉をえぐり出すように言う。  それが本当なのはわかる。  でもそれはそれでも本当ではない。   お前は優しい。  そして、この世界を愛している。  僕と同じ意味で「僕だけ」にはなれない。    僕達は不平等だ。        

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