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増殖 1

 めちゃくちゃ幸せだった。  いつもなら、俺に触らせたりしたあとはあの人は、その反動で俺を手酷く犯してきたりするんだよね。  俺に乱れてしまったのが悔しいからなのがわかるので、可愛いとしか思わないんたけど。    なのに今日に限って、大人しい。  大人しく、精液をかきださせてくれるし、風呂に運んで身体を洗っても抵抗しなかった。  あまりにも嬉しい。  俺は上機嫌でベッドに座るあの人の髪をドライヤーで乾かしている。  この髪を洗ったり乾かしたりするのが、俺は大好きなのだ。  サラサラで、細くて、何時までも触れていたい髪。  思わず頭の天辺にキスしてしまう。  もう一回セックスしたいけど、絶対許してもらえないからしない。  まあ、今回は嫉妬で俺の両腕を切り落としてしまったことの謝罪なんだろうな。  この人は、してはいけないことを止めることは出来ないけど、反省や償いはできるのだ。     一応。    「お前も濡れてる」  あの人が俺の髪に触れる。  「俺はいいよ。風邪ひかないし」  なんていっても俺は不死身なのだ。  「いいから貸せ!!」  あの人が俺の手からドライヤーとタオルを奪った。  クシャクシャとタオルで頭を擦られる。  そして、あの人の綺麗な指が俺の髪をすき、暖かな風かくる。  優しい指だ。  セックスの時の、淫らで残酷で、そして追い詰めてくるいやらしさはない。    優しい指。  この人は時折、本当に時折、とても優しい。  そして、それはとても不器用だ。  それが愛しい。  「何笑ってる」  あの人が尖った声を出す。    だが指は優しいままだ。  「愛してるよ」  俺は本気で言った。  あの人は何も言わなかったし、顔も見えなかったけど、指が真っ赤になっているのが見えたから、見えなかったことにした。  下手に突っ込むと、怒って不死身な俺でも死にそうになるまで犯されるからだ。  この人のそういう部分は本当にややこしいので気をつけなければならない。  そこも可愛いけど。  「   」   小さな声で俺の名前をあの人が呼んだからいいか、って。    絶対に「愛してる」とはいってくれないあの人の、その言葉の代わりが俺の名前なんだってこと。  俺は知ってる。  

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