58 / 156

増殖 3

 もちろん、ドアは解錠してある。   彼らはいつも鍵をかけてはいる。  だけど私に鍵は意味がない。    挨拶もなく、男の前に立つ。  これもいつもの事だ。    「母親が目を覚ました。今、部下が母親に説明をしている。まあ、話せる範囲でな。彼女の息子が起き上がり、行方不明になったことを、だ。他は信じるとは思えないから、何も言っていない。・・・会うか?」  私は男に聞く。  男はホテル備え付けのガウンを着たまま、少年の髪を乾かしていた。  乱れたベッド。  そこに座る二人は明らかに事後のシャワーの後だ。  少年か気まずそうな顔をしたが、私は顔色一つ変えない。    そんなことは部屋に入る前から知っているし、さらに男が少年に抱かれていたことさえ知っている。  それを男も知っている。  だが絶対にそれは顔に出さない。  私の話を聞いているのか聞いていないのかわからない態度をとっているが、聞いているだろう。  少年は呆れる位上機嫌で嬉しそうだ。  うっとり目を閉じ、髪を男に乾かされている。  そうか。  良かったな。  そんなに嬉しいのか。  こちらが脱力感に襲われる程の浮かれっぷりだ。  こちらはお前のせいで臨界体制なのにな。  恨みたくもなる。  「いーや、もう少し待つ」  返事をしないかと思ったら男は笑いながら言った。  嫌な笑い方だった。  喉の奥でバカにしたように笑う。  「ほら、乾いたぞ。服着てこい」  男は、少年に服を指差す。  私が手にした買って持って来たものだ。  私は無表情に少年に服を渡す。  少年の服は両袖が切られ、血まみれなので新しいのを買ってきたのだ。  「うん」  少年はさすがにその場でガウンを脱いで着替えたりはしなかった。  少年の裸を私が見たら、男に私が殺されることは理解してくれてるようだ。  ありがたい。  風呂場へ向かってくれた。  「何を待っている?」  私は聞く。  男が母親に話を聴きに行くものだとおもっていた。  「パジャマ」と男が名付けた捕食者の情報を一番多く持っているのは母親なのだ。  男が情報を無駄にするとは思えない。  この男は仕事だけは真面目なのだ。  決して諦めないハンターなのだ。  「すぐに報告がくる。それから行く」  男がニヤニヤ笑った。  嫌な笑顔だ。  見透かすような、楽しむような。  美しいだけに醜悪さを増す  この男がこんな風に笑う時はろくなことがない。  私の携帯が鳴った。   男がスーツのポケットを指差す。    「出ろ」  男は私に命令する。  私は従う。  嫌な予感がした。       「大変です、母親がグールに変化しました!!ひとり食われました!!」  部下が叫ぶように報告してきた。  「状況は?」  私は尋ねる。  捕食者達はこれから母親に接触すると思っていた。    母親の変化はなかったから。  ・・・違った。  彼らは施設を抜け出して、最初にこの病院に来ていたのだ。  もう、すでに母親に接触し、母親に「魔法」をかけていたのだ。  「一人が【いれ代わられ】喰われました。その時に銃を奪われ、もう一人も銃撃戦の後、人質にされました!!母親は人質と病室に立てこもってます」   部下の報告に耳を疑う。  母親がグールになっていたのはこちらの予測が甘かったことだ。  立場を入れ替えられた、のはわかる。  それがグールになる条件だ。  目の前に立つ部下と、母親は立場を入れ替えたのだ。  脳腫瘍で動けなかった母親は動く身体を手に入れ、動けない身体に部下はされた上、喰われた。  能力を奪われた上、グールになる。  馬鹿馬鹿しいがそれはわかる。  動けなくなった部下が喰われたのもわかる。  だが、グールになっただけで、拳銃を奪い銃撃戦だと?  部下を4人は向かわせている。  いくらグールになり、人を引きちぎるほどの身体能力が上がったとしても、あの母親はド素人だ。       銃撃戦など・・・できるはずがない。   銃の撃ち方などしるはずもない。  実際、施設のグール達は簡単に制圧できた。  頭を撃てば死ぬのだから。  だが、今、部下達が人質にまでされている。  私の部下は弱くない。  どういうことだ?  私は男を見た。  この男は何かを予測していたのだ。  だから、母親の元へ行こうとしなかったのだ。    「やっぱりな」  男はニンマリと笑った。     

ともだちにシェアしよう!