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増殖 4

 男と少年を連れて病院へ戻った。  少年は腰に長い山刀をぶら下げている。  長身に鍛え上げられた身体。  Tシャツにハーフパンツ、まるでトレーニングするような姿だ。  だからこそ、その身体の見事さがわかる。  単に量があるだけの筋肉ではない。     本当に使えるための身体だ。  少年は戦うために身体を作り上げてきたのだ。  疲れを知らない不死身の身体であるということは、どんな訓練をも可能にするということ、そしてその結果を私は思い知らされている。  少年はもともと優れたアスリートだった。  だが、今、その能力は人間を超える。  少年は【能力】を持つ、捕食者の男とは違い、不死身なだけで、人間と変わらない能力しかもたない。  だが今では彼は人間以上の能力を誇る。  生まれ持った資質と、訓練と、死なない身体からこその恐れのなさで。  男は欠伸をしながら少年を従えて歩いている。  高級なモノを好む男好みのジャケットにスラックスというとても戦う格好とは思えない格好だ。  丸腰のようだが、この男の存在が強力な武器なので、問題ない。  それにそうは見えても身体のあちこちに武器を仕込んでいるだろう。  この男は暗殺を得意としているのだ。  大体においてこの男は少年に前面で戦わせている間に自分はその隙に忍びよることを戦い方にしている。  戦うのは常に少年なのだ。  病院の入り口は封鎖されていた。  動かせない患者以外は出来るだけ避難させてはいるが、まだ大混乱の最中だ。  逃げて行く人々に逆らい、病院の奥にはいっていく。    3階の病室に【パジャマ】の母親である女が変化したグールは立てこもっているらしい。   「グールは?」 三階へ上がる非常階段前で部下に聞く。 エレベーターは停止してある。 部下達は銃を構え、グールがおりてくるのに備えている。 もう一つある階段も銃を持つ警官で固めてある。 「いちばん奥、305の部屋にたてもっています。3階の患者はなんとか全員避難させることができました」  部下の言葉に頷く。  不幸中の幸いだ。    人質になった部下が、もう一人が喰われている間にその部屋を封鎖し、避難を指示したのだ。  自力で動ける患者が多かったのも幸いだった。  グールとの銃撃戦の流れ弾で負傷した患者やナースもいたが、とりあえず、被害は最小限。  私の部下一人ですんでいる。  そう、私の部下。  死んだのだ。  歯をくいしばる。  「・・・一人ですんで良かったな」  喉の奥で笑いながら男が言った。    私の怒りが楽しくて仕方ないのだ。  このゲスは。  少年は部下の人々に病院の見取り図を見せられている。  少年が一人でこれから人質奪還とグールの捕獲を行う。  男は何もしない。  指示するだけだ。     「母親がグールになるとわかっていたのか?」  私は分かりきっていることを聞く。   この男はすでに捕食者が母親に接触していたとわかっていた。  その結果、母親が望めばいつでもグールになれることも。  だから、母親に会おうとしなかったのだ。  自分と少年だけは絶対に「入れ替わり」動けない身体にされないために。    そして、母親がグールに変化するのを待っていたのだ。  母親が誰かを選んで、動ける身体と入れ替わり、動きだしグールになるのをまっていたのだ。  コイツは・・・私の部下を差し出したのだ。  変化させるための生け贄に。  「おいおい、僕が動けない体になったら困るのはお前たちだぞ。ガキがそうなったら僕が困るしな」  ニヤニヤ笑いながら男は言った。  楽しんでいる。  コイツは私の苦しみを楽しんでいる。  わかっていたのに、何も言わなかったのだ。  「それに、【入れ替わり】や【グールになること】が本当はどういうことなのかどういうものなのかが知りたかったしな。こればかりは実験してみないとわからないだろ」  男は真面目な顔で言った。  だが、目の奥が笑っている。  私の苦しみや怒りが楽しくて仕方ないのだ。  実験。  実験だと。  私の部下で。  私は怒りをかみ殺す。  「まあ、そんなに怒るな。実験したいといったら反対されただろうからな。黙っていただけだ」       いけしゃあしゃあの男は言ってのけた。  私は無表情を崩さないが、この男がこの国に必要なくなり、そして殺す方法が見つかったなら、この男は私が殺そうと思った。  その時は必ず。    「だけど収穫はあったぞ。【入れ替わり】で得るのはおそらく、動けるようになる能力や、グールになることだけじゃない」  男は今度こそ、本当に真面目に話し始めた。    この男は仕事には真剣なのだ。  おそらく、部下を実験に使ったことも必要だと思ったからだ。    「仕方ないだろ、民間人を使って実験するわけにはいかないしな。出来る限り一人でも助けるのが正義の味方だからな。犠牲にしていいのは悪者と、同じ正義の味方だけだろ。で、お前らは正義の味方だ。これはまあ、正義のための犠牲だ。立派じゃないか」  笑いながら言ってはいるが、これもこの男の本音なのだ。  この男は正義の味方にこだわっているのだ。  それが少年との約束だからだ。  この男の中では正義の味方は「悪人」と同じように「正義の味方」も正義のためになら殺してもいいのだ。  だから私達はそのためになら殺してもいい。  男と同じ位地に立つ以上命を目的のために使い捨てされても当然だと。         

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