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増殖 5
それが本気だとわかるのは、さすがに殺してこそいないし、殺させたりはしないが、いつも最愛であるはずの少年を戦いの中で酷い目にあわせるところからもわかる。
この男の「正義」は本当に手段を選ばないのだ。
一人でも多く弱い人間を助ける。
そのためには何でもする。
胸くそ悪いやり方でも。
それでも黙って話を聞いたのは、それでもいつだって、この男はある意味正しいからだ。
男は誰よりも早く見つけ出すからだ。
狂った出来事の解決の糸口を。
「最初のグールの時でもだ、【パジャマ】達は職員以外は知らなかった暗証番号を打ち込んで、外に出ている。職員から聞き出したのかとも思っていたけどな、次の日グールになった連中も暗証番号を打ち込もうとしていたから違うと確信した。別にあんなガラスのドア、蹴破って出て行けばいい。暗証番号なんか連中には必要ないんだ。だけど、連中はわざわざ暗証番号を打ち込んだ。知っていたからだ。当たり前のように。それに、自分の足で歩いてここに来たわけでもないパジャマ達は、迷わず人が溢れる街へ逃げ、そこで獲物を見つけてる。何年も閉じ込められていたような連中がだぞ?」
男が言いたいことを私は理解した。
グール達は何らかの方法で入れ替わった人間か、喰った人間から知識や情報を得ているのだ。
それだけじゃない、技術もだ。
グールになった母親がド素人なのに銃撃戦をしてみせた理由も、その結果、私の部下を人質にしてみせたのもそれで納得がいく。
喰われた部下は銃の名手だったのだ。
母親は部下の能力を奪ったのだ。
「・・・・・・僕やガキじゃなくてよかっただろ?」
男はニヤニヤ笑った。
確かに。
確かに。
男の捕食者としての能力さえも手に入れたり出来るかはわからないが、この男は捕食者じゃなくても十分危険なのだ。
少年だってそうだ。
彼らの能力を奪ったグールなど恐ろしい。
だが、男はその可能性に気付いていたのに教えず、私の部下で実験したのだ。その推測が本当かどうか。
そして、実験の結果、グールの能力は明らかになった。
腹立たしいが確かに最小限の被害で男は大事な真実にたどり着いて見せた。
一般人を殺さないで。
だが、腹立たしいことには変わりない。
でも、私は何も言わなかった。
何も言えなかった。
怒りを溜め込み何もない顔をする。
従うしかないからだ。
今は、まだ。
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