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増殖 12

 「うがぁぁ!!」  グールは身体を痙攣させる。  諦めてくれ、と思う。  俺はあの人じゃない。  苦しむ姿を楽しめない。     でも、苦しむ姿を楽しめないくせに、こんなことをしている俺の方が罪深く感じてしまう。  「・・・心臓を手に入れた。これでグールを拘束出来るはずだ。・・・確保した」  俺は音声を拾っているはずのあの人やスーツに向かって言った。  これで、終わり、だ。    俺は悲しい気持ちでグールを見つめた。  何故、人間ではなくなってしまうのに、人間と同じ姿と人間の頃の思い出を持つのだろう。  もし、俺も人間とは全然似ても似つかぬモノになって、記憶がなかったならば何かや誰かを傷つけることや、殺すことに苦しまなかっただろうか。  俺は。  やはり、好きじゃない。  俺は心臓を握りしめ、グールに苦痛を与えながらそうおもった。    グールを見下ろす。  年若い、か弱い女性にしか見えないグールを。  足音が聞こえてくる。  スーツや部下達だろう。  心臓とグールを引き渡して、俺の仕事は終わり、だ。  ん?    でも何か忘れてる。     何か忘れてはいけないことを忘れてる。  俺の頭の中で警告のアラームがなる。    何?  何?    俺はグールを注意深く見る。  やけに丸くなりすぎじゃないか?  苦痛に耐えながら、グールはむしろ意志を持って丸くなろうとしてないか?      ん?  俺は咄嗟に身体をそらした。  勘としか言いようがないものだった。  どうっ  どうっ    身体を反らした瞬間、銃声は二発鳴った。    グールは丸まった脚の膝の隙間から俺に向かって銃を撃ったのだ。  グールの足首に銃は仕込んであった。      俺は知ってた。  グールが食った人は、足音にも銃を仕込むような人だった。  今回もそうしていただろうと想像できたはずだった。  その知識もグールは喰ったはずだから。  山刀を手にした俺にグールが全く怯まないところから、まだ何かがあるって思ったのに。  俺の一本しかない腕が付け根から撃たれた。  デカい穴か2つも空いた。  射撃の名人の能力を喰ったグールの狙いは正確で、俺はさすがにバランスを崩し倒れる。  俺の手からグールの心臓が離れていく。  しまった!!     グールは腕を伸ばし、オレの照から山刀ともに落ちていく心臓を掴んだ。  俺は止めようとしたが、一本しかない腕はデカい穴が開けられてしまったため、動かない。   おまけに撃たれたショックでバランスを崩し床に倒れてしまった。  なんと言っても左腕左脚のなくなったバランスの悪い身体なのだ。  でも一本しかない脚でグールの顔面を蹴るべく、床から跳ね上がる。  そこから飛び蹴りをくらわす。  グールの顔面に俺の足がめりこみ、鼻が折れ、潰れる。      肉が潰れ骨が折れる感触がした。   深くめりこませた。  俺の靴の先には鉄板がしこんである。  オレは脳を潰すつもりで俺は攻撃した。    仕方ない。  逃がすよりは殺した方がいい。   そう思ったのだ。  だけどグールは死ななかった。  オレを睨みつけた。  脳へのダメージが足りなかったのかもしれない。  殺しそこなったか。  俺としたことが!  グールは顔に俺の足をめり込ませたまま、その足に噛みついた  肉がえぐられた。  俺は瞬時に腹筋をつかって自分の身体ごとグールを回転させ、引き離す。  しまった。  足をやられた。  脹ら脛をすこし齧られた。  だが、腕は回復してきている。  ここは穴だけだからはやい。  俺は慌てて床を素早く転がり、切り捨てていた右腕と右脚をくっつける。   綺麗に切断した身体は速くくっつくのだ。  触手を切断面から出し合い、腕と脚は胴体につながっていく。  俺の飛び散っていた脳は回復したらしい。  試しに動かしてみたら右腕と右脚は今度は問題なく動く。  その間にグールは自分の心臓を胸に押し込んでいた。   まるでやぶれたぬいぐるみの詰め物を破れ目から押し込むかのように。  グールの顔は潰れ血まみれで、割れた額の骨から塗れたピンクの脳が見えてさえいる。  何故動ける。  何故?  脳へのダメージは有効のはずだ。  「お前たちにあの子は殺させない!!」  グールが叫んだ。    あの子?  「私は私の子供を守る!!」  グールは跳んだ。  脳にダメージがあるはずなのに、グールは凄まじい速さで跳んだ。  でも、俺に向かってはこなかった。  俺は呆気にとられた。   攻撃されると思って身構えていたのもある。  でも、何より、その速さに俺が反応できなかったからだ。  そう、グールに少し喰われた左足のせいで、いつも通りには動けないとはいえ、この俺が反応出来ない速さって・・・。    グールは俺へ向かって跳んだのではなく、グールは奥の部屋に向かって跳んだ。  俺は慌てて追った。    人質が!!  だが、グールがその部屋の床にいる縛ららた人質に、目をやらず、窓をぶち壊し、その窓から外へ跳んでいった。  速い。  本当に速い。  今までり桁外れに速い。  そして俺はぞっとした。  あのスピードは。  俺のモノだ。  俺の肉を喰ったから。  グールは俺の速さを手に入れたのだ。  グールは凄まじい速さであっという間に街の中に消えていった。  失敗した。  俺のミス、だ。  最悪だ。            

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