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増殖 14
彼女なのだ、とすぐにわかった。
アイツの母親。
この人を連れて行った、あの病室にいた瀕死の老婆の面影はどこにもなかった。
でももう人間じゃないことは誰にでもわかる。
すっかり血にまみれ、ぱくりと割れた額の骨から見えるピンクの脳を除かせながら、窓を割り飛び込んでくる人間はいないからだ。
しかもここは二階なのだ。
彼女なのだとすぐにわかったのは、どんなに若返っていても、血塗れでも、アイツと同じ目の色をしていたからだ。
明るい黄色がかった透明な瞳と、甘めの大きなたれ目。
ただアイツの目はどこまでも澄んでいて恐ろしいほどだけど、彼女の目には強い意志が漲っている。
頭蓋骨を割り脳を覗かせ、ガラスに身体を切らせて立っている今でさえ。
彼女はこの人を見つめた。
血塗れのまま、愛しい我が子を見つめた。
強く。
強く。
彼女の身体から何かがこの人へと溢れだしていくのがわかった。
そして、彼女はオレを見た。
彼女は片手に持った銃と、パジャマのポケットから何かケースみたいなものを何個か取り出しオレ達がいるベッドに放り投げた。
どうでもいいものみたいに。
銃と弾倉か。
奪ってきたのか。
そしてこれを使えるのか。
使えるヤツを喰ったのか。
オレ達は喰ったヤツの知識や能力を自分のモノに出来る。
したことのない車の運転が当たり前のように出来た時にそれがわかった。
来たこともない街の地理にくわしいことに知った時にそれがわかった。
喰ったヤツの知識の全部じゃない。
それでも喰った人間の何かしらが自分の中にある。
「時間がないの。脳をやられる。おそらくもう長くはないわ。脳だけは治らない」
彼女は言った。
オレは頷く。
オレ達を殺す方法はあるだと思っていた。
オレが逃げ出した翌日に施設で暴れた犯人達、アイツが魔法をかけた連中が死んだことをニュースで知ったから。
彼女はオレ達の弱点についても教えてくれている。
そして彼女は何かを言おうとしてる。
彼女にとって大切なことを。
あの病室で彼女にこの人に代わって「魔法」について説明していた時と同じことを言われると、わかった。
彼女は死にかけている自分が助かり、でも化け物になる話を真面目に聞いた。
信じるに決まっている。
長年指一本うごかせなかった彼女の息子が、歩いて病室に入ってきて、しかも目の前に立っているのだから。
だが、彼女はコイツに返事はしなかった。
コオツが望むように化け物になって、元気になるとは言わなかった。
ただあの時もオレに言った。
その言葉が今、重なる。
瀕死の老女、
そして今は血塗れの若い女が、
同じ目をしてオレに言う。
この人と同じ色の瞳、同じ形の目をして。
「この子を守って!!」
彼女はオレに懇願した。
オレは頷く。
その時と同じように。
守る。
絶対に守る。
「私を食べて」
彼女はさらにオレに懇願した。
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