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増殖 15

 オレは頷いた。  彼女の望みを叶えてやるためには、オレがアイツを守りきるためにそれは必要なのだとオレにもわかったから。  彼女は笑った。   美しい微笑だった。  血にまみれ、脳を露出していてもその微笑の美しさには変わりなかった。  それはやはりアイツに似ていて、オレの胸はせつなさに痛む。   「   」  彼女はアイツの名前を呼んだ。  優しい声で。  彼女の愛しい末息子の名前を。    ああ、愛しているのだとオレは思う。    オレの母親とは違う。  彼女は息子をまもるためならばなんでもする。  化け物にでもなる。  普段ならどんなに揺さぶっても、目を覚ますその時までは目覚めないアイツが目をあけた。  母親の声が届いたのだろうか。  ガラスから守るため覆いかぶさるように抱きしめていたオレの腕の中から母親をアイツは見た。  「ママ?」  幼い子供のような声で変わり果てた母親をそれでも簡単に認識する。  オレとは違うやり方で。  オレはこの母親の中にアイツをみつけるからわかるがこいつは母親が母親だからわかるんだろう。    「愛しているわ」  母親は当たり前のこと言った。  全ての世界を敵に回してでも守ろうとしているのだ。  それ以外の何かだというのだ?  「ママ・・・けがしてるの?」  何も気にしないアイツでも、さすがに気になるらしい。  けがというレベルじゃないがな。      常人なら即死だし、オレ達みたいになっても本来なら動けないだろう。   彼女はここに来るために瀕死の身体に無理やり言うことをきかせたのだ。  「・・・ママは死ぬわ。でも大丈夫。側にいる。その人がママを食べてくれるから、ママはあなたの側にいられる」  彼女は優しく言った。  「ママ、死ぬの?」  さすがにアイツは心細そうだ。   大丈夫だ。    オレがいる。  オレはアイツを抱きしめる腕に力を入れる。  「死ぬけれど、あなたを一人にはしない。あなたを守る。私はあなたを守るのよ」  彼女は微笑んだ。    やはりその微笑みは美しい。  「あなたが生まれて言われたの。あなたは一生動くことも話すことも出来ないだろうって。沢山の人が言ったわ『可哀想に』って。面と向かって私に言った人さえいるのよ、『こんな状態で生きてるなんて可哀想だ』って。あなたが生きてここにいることがいけないことかのように」  彼女は静かにベッドに近寄り、この人へと手を伸ばす。  もうガラスに切られた肌は治っている。  それでも、血は残っているからオレの腕の中この人の頬に彼女の指が触れた時、白い頬に赤い痕をのこす。  まるで赤い影のよう。  彼女の指がなぞる度、この人を赤い影が覆っていく。      「あなたが動けないから、あなたが喋れないから、あなたが死ねばいいと思っていた人達がいたの。少なくない人達がね。それを慈悲だとすら思っていたのよ、その人達は。だから、私は決めたの。あなたを誰にも殺させないって」  彼女は息子の顔を両手で挟みこみ、のぞきこむ。     「あなたは素敵な子。話せなくても。動けなくても」  オレの腕に抱かれ、母親に顔を覗き込まれているこの人の方が死に行く人のように見えた。    「連中にあなたを殺させたりなどするものか!!」  母親は吐き捨てるように言った。  彼女は戦ってきたのだ。  高年齢出産でうまれた息子のためにずっと。  この数年身体が動かなくなるまでずっと。  戦い続けてきたのだ。      息子の世話をする毎日の中で。    生活する、そのことこそが戦いの中で、さらに。  息子への心ない言葉、態度。  オレもよく知っている、動けないオレ達を消し去りたいと思っているあの連中達が作り出す、圧力と空気。   たまたま自分達が、運良く、動ける姿でいるだけのくせに。  オレのように、いつか自分の意志などとは関係なく、手足を切り取られることだってあるんだなんておもいもしないで。  この悪鬼となってまで息子をまもる姿こそが、彼女本来の姿なのかもしれない。   誰を殺し、誰を傷つけようと彼女は息子を守る。  愛しているから。  「あなたをさがしてる奴らがいる。それがわかったから私は・・・」  彼女は化け物になることを選択した。  死ぬのが怖かったから、誰かを身代わりにして助かろうとしたわけではない。  息子をさがす連中を減らすためだ。  そして、喰った。    オレは彼女に教えていた。    化け物になれば食べた人間の知識や能力も取り入れられることを。  彼女は息子を追ってきた奴らを喰い、その能力を奪い、情報を奪いここに来た。  そして、死ぬ前に彼女の子供を守るために、それをオレに渡そうとしているのだ。     「食べてわかった。恐ろしい男があなたを追っている。私に傷を負わせた男も恐ろしいモノよ。だけど、あなたを追うあの男ほどではない」  彼女は震える。  怯えているのだ。  彼女の息子の敵に。  「敵?」  アイツが目を丸くする。  アイツは何故自分が追われることさえわかっていないだろう。  「生きなさい。あなたは生きていいの。動けないあなたの死を願っていた人達が生きていいのなら、あなたが生きることの何が悪いというの?、生きるのよ!!」  母親は愛する息子に言った。  「愛しているわ」  母親の言葉はオレにも刺さった。  オレも。  オレだって。  「オレが守る!!」  オレは彼女に向かって叫んだ。  彼女は頷いた。      絶対的な信頼があった。  彼女は知っている。    オレがコイツを、コイツを・・・。  オレは汚いから言えない。  言えるわけがない。  でも、そうなんだ。  「この子を守って!!」  彼女はオレに命令した。  愛する我が子をオレに渡してやるのだから、と。  オレは何度もうなづいた  ドアが開いた。   「なんか音がしたけど・・・」  緊張感のない声がした。  下の階でテレビを見ていたグズだった。     グズは血塗れの彼女を見て固まった。  誰なのかわからないのだろう。  脳が見えている血塗れの女はさすがに色々慣れてきたグズでも衝撃だったらしい    オレはグズに言った。  「お前も喰うんだ」    彼女を食べる。   強くなり、この人を守りきるために。  息子の前で母親を喰う。  床に横たわった彼女は全裸で、オレ達にその肉体を与えていた。    生きている状態で喰う方が情報が多いことはなんとなく経験からわかっていたから、彼女が死ぬのを待たず食べ始めた。  オレが今一番持っている情報は跨がり、後ろでくわえ込みながら絞り取りながら殺した男達の情報なんだが。  生きながら喰ったから。  不要な知識が多すぎる  キモイエロ知識ばかり入った気がする。  手足を切断、歯まで抜かれていたオレを犯していただけでも変態だが、幼い女の子にも関心があったらしい。  いずれ、何かで捕まっただろう。  犠牲者のことを考えたならオレが殺して喰って良かった。    オレは今から喰う彼女の身体に大切に触れた。  ほのかに膨らんだ、彼女の小さな柔らかな胸。  オレはその胸を吸った。  性的な意味はなかった。  オレは女に勃起しない。  いくらアイツに似ていても、だ。  ただオレも、こんな女から生まれたかったからだ。  でも、そうしたらアイツと兄弟・・・それは悪くない考えだった。  もっと強く結びつけるならなんでもいい。  この女から生まれてたなら、オレは汚くならなかっただろう。  そうしたら、アイツとセックスできたかもしれない。  女は優しい目でオレを見た。    母親のいない赤ん坊に乳を与えるかのように。  頭を撫でてくれたかもしれない。   腕があれば。   腕はグズが引きちぎってもう食っている。  両腕とも。  まとめて齧っている。  細い彼女の腕はデカいグズの手の中ではよけいに細く見えた。    音を立ててグズは肉にむしゃぶりつく。  旨いらしい。  オレもくわなければ。  彼女の脳はもう止まる。  オレはもう一度だけ、彼女の胸を吸った。  自分にはいなかった優しい母親の存在を感じた。  ありがとう。  最期にこうしてくれて。    ありがとう。  アイツをうんでくれて。  オレは柔らかな胸を食いちぎった。  肉はとても甘かった。  優しい母親の味がした。   彼女は少し顔をしかめた。  オレ達は痛みには人間なんかよりはるかに強い。  でもコレはさすがに辛いだろう。  「ママ・・・」  この人が泣きながら呟く声がした。  アンタがベッドの上でうずくまりながら、それでもオレ達をみているのはわかっている。  見たら慰めに行ってしまうので、アンタをオレは見ない。  泣くな。  オレがいる。  泣くな。  アンタの母親もオレの中に入れる。  だから、泣くな。                    

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