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追跡 6

 僕はあたたかな光の中を漂っていた。  そこには何もなかった。  だけど暖かくて、包まれているようだった。  そう。  ガキの腕の中にいるときみたいな。  寝ている間に勝手にガキか僕を抱きしめてたりするそんな夜みたいな。  ふと目覚めたらガキの腕の中で。  顔を上げたら、ガキが眠りもしないで嬉しそうにオレを見つめているのが見なくてもわかる、そんな夜みたいな。  そんな時、僕は絶対にガキを見てやらない。  どんな顔をすればいいのかわからないからだ。  ただ、寝たふりをしてガキの胸に顔を埋める。  僕が可愛くて、喰らいたくて、犯したくてたまらなくなる、僕の身体の下にいるガキならいつまででもみつめていられるのに。  なんだか気恥ずかしくて、ガキが見れない、そんな夜。  そんな腕の中のあたたかさを思い出させるような光だった。  光が降り注ぐ場所。  居心地がいいのが、居心地が悪い。  僕は落ち着かない。  逃げたくなる。  僕にはこんな場所はあわない。  ガキならお似合いだろうけど。  僕は出て行きたくてあたりを見回す。  人影が見えた。  思わず駆け寄る。  安心したからじゃない。   脅してでもここから逃げ出す方法を知るためだ。  なんなら殺してもいい。  「何故そんなにここからにげたいの?」  僕が近づく前にソイツは言った。  ソイツのやけに綺麗に澄んだ目は不思議な熱量を持っていた。  優しい柔らかな顔立ち、僕よりいくらか高い身長、人畜無害を絵に描いたような男だった。  「ここはどこだ」  僕はそう言って気付く。  ここは・・・部屋だ。  さっきまでは白い光しかわからなかった。    今はここが、介護ベッドがある、そこそこ広い部屋なのがわかる。  ベッドの横には、小さな車輪がついている動かせる台があり、その上には痰を吸引する機械が乗っていた。  さらに酸素吸入の機械まで置いてある。  かなり重度の介護が必要な人間の部屋であることはわかった。  本来ならどこか陰鬱になってしまう光景だ。  動かなくなった身体。  そして死のイメージがチラホラと見えてしまうから。  それは誰もが自分だけは避けたい光景だからだ。  だけどその部屋は明るかった。    窓から入る光は柔らかく広がり、ホコリがキラキラと光る。  何故か、光の中に広がるホコリが作る図形にうっとりと見とれてしまう。    光が集まり、ゆっくり離れていく。  ただのホコリだとわかっているのに無心に見つめてしまう。  キラキラ。  キラキラ。       ゆっくりと光り、緩やかな輪をえがき、崩れていく。  無音のシンフォニー。     いつもなら見ることもないそんな下らないものを僕は思わず見続けてしまった。  そのベッドにソイツは腰掛けていた。  ニコニコ笑っている。    「美しいよね」  のんびりソイツに言われるまで、僕は光の中舞うホコリに見とれていた。    「ここはどこだ」  僕はいらつきながらまた問う。  二度同じことを聞いたりするのは僕は嫌いだ。  大嫌いだ。  聞いた相手を殺しちゃうくらい嫌いだ。  しかも、今回はこの僕がぼんやりホコリなんかみていたのが信じられないから余計にいらつく。  イラついたらとりあえず殺しておきたいのが僕だ。  殺さなかったのは、ここがどこなのかが気になったからだ。  何かがおかしい。  光の柔らかさ。  その光の中に浮かび上がる部屋のものの一つ一つが何故か愛おしく優しく思えた。  そんなはずはないのに、だ。     まるで他人の思いのフィルターを通して世界を見ているようだった。     僕に世界がこんな風に見えるはずがない。    「ここがどこかって?なんでそんなこと聞くの?」  男が分かりきったことを聞くとでも言ったようにいう。     キラキラ舞うホコリを見ながら。  楽しそうに、まるで映画でも見ているかのように真剣に。  そして僕は不意にわかった。    僕はコイツの目を通してこの世界をみている。  と。  「あなたが自分から来たんだ。ボクのところに」  ソイツは言った。  コイツの心に閉じこめられたのか、と思う僕の心を読んだかのように。  僕はベッドに座るソイツに近づく。     ここはコイツの中だ。  心だか脳だかわからないけど。  コイツ、・・・捕食者だ。   「パジャマ」か。  写真のやせこけた寝たきりの男の姿はどこにもない。  まるで別人だ。  おそらく身長すら変わっている。  ただ熱量のある目は面影を残していた。    ここは現実感があるのに、どこかおかしい。。、  精神操作系の捕食者「詐欺師」に心を操られたことを思い出された。  あの時僕は過去に閉じ込められた。  あの時の感覚に似ていた。  「あなたが来てくれたんだ」  パジャマはにこりとわらった。  立ったまま、座っているパジャマを見下ろしている僕に、パジャマは不意に抱きついた。  腰に手を回され、胸に顔をこすりつけられる。  驚いたのは僕だ。  この僕が相手の動きを読めないなんて。  それにパジャマの行為には全く性的な匂いはしなかった。  子供や犬がじゃれつくような無邪気さしかなかった。  「あなたが会いにきてくれたんだ」  僕に抱きつきながら、ベッドに座ったまま僕を見上げる顔にはシンプルな好意しかない。  僕は振り払う前に戸惑う。  僕はいつだって性的な目で見られ続けてきた。  僕は性的愛玩道具としてつくられ、僕を育てた男を犯し、共に育った愛する彼の身体を愛撫し、たくさんの人間を犯して沢山殺してここにきた。  今いる可愛い恋人は、出会ってすぐに犯した。  好悪の差はあれ、僕を性的にみない人間はいなかった。  可愛いガキも、僕と出会ってすぐにフル勃起していたし。  元々性的愛玩道具として作られたから当然なのかもしれないけれど。  僕は一緒に育った彼の身体を最後までこそしなかったけれど、物心ついた時には撫でまわしていたし、精通が来てからは口でさせてたし、他の仲間は全員犯していた。  僕の人との接触は、殺す以外ではセックスでしかなったし、まあ殺すこともセックスと言えるかもしれない。  だからソイツが僕を抱きしめるのをそのままにしてしまった。  驚いて。  「ずっと探してくれていたのは気付いてた。ゴメンね、時間がかかってしまったんだ。探してくれているあなたをここに入れるのに」  パジャマは言った。  探してる?   僕が?  この男を?  母親が子供の頬を撫でるような優しさで、頬を撫でられた。  何故かその手を振り払わなかった。  

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