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反撃 9

 あの人は公園で花をみていた。  今のオレなら花の名前もわかる。  前のオレは花の名前なんてほとんど知らなかった。  紫陽花だ。  梅雨なんだ、と思いついた。  バカだ。  オレは、雨がふるかもしれないところにあの人を置いてきたのだ。  車も捨てる予定だったから、この人をここでまたせるしかなかったのだ。  でも雨にあの人を濡らしてしまっていたら、そう思うだけで胸が痛んだ。  オレ達もあの人も冷たさは感じるのだ。  それが身体に影響を与えなくても。  一人で冷たく濡れているあの人。  それには耐えられそうにない。  オレはあの人に駆け寄る。  「綺麗だね」  あの人はオレの気配に気付いて顔をあげ、そう言って笑った。  「綺麗・・・」  オウム返しに繰り返す。  オレにはただの花だ。  ただの色だ。   ただの形だ。  ただの物体だ。  オレには全ての物が意味がなかった。  オレは全身全霊でこの世界を呪っていたから。  苦痛を屈辱を怒りを絶望を、全てを呪いに変えて、生き延びていたから。    上に乗ってくる連中を憎み、何一つできない手足のない身体を疎み、それでもできる唯一のこと。  呪うことだけに全てを捧げてきたから。  「うん綺麗。君も」  あの人がオレに笑う。  オレは言葉を失う。  何も言えない。  オレの下着の中ではグズがオレの奥に出した精液がトロリと垂れてきてる。  慌てて来たから。  男に中に出されることが大好きな身体だ。    オレは汚らしい連中に散々ぶち込まれてきた。  オレですら言いたくないし、思い出したくないような汚らしいことさえされてきたのに。  グズもオレを綺麗と言う。  でも、それはグズが初めてのセックスに溺れているからだ。  初めて相手してもらった娼婦にのめり込む童貞男なんて、腐るほど見てきたからわかる。  「君は綺麗だ」  あの人が笑う。  オレに欲情しないこの人の言葉。  オレを舐めたり噛んだり、貫いたりしたがらないこの人の言葉がオレには眩しい。  「・・・行こう。ずっと花を見ていたのか?」  オレは自分にこんな優しい声があるなんて、この人に会うまで知らなかった。  「うん。光の加減が変わると色も変わるんだよ。面白い」  あの人は楽しそうだった。  この人は身体が動かなかった頃と同じように、世界をゆっくり見つめている。  光の筋、変わる風、揺らぐ匂い。  この人には動けなかった時も今も、世界は美しいのだ。  この人の世界ではオレもまた美しい。    この人はオレが男とやっているのも知っている。  ぶみこまれ、咥えて、飲んで、しゃぶっているのも見てる。  人間を殺して食うのも知っている。  それだって見てる。  にもかかわらず。  この人はオレを綺麗という。  オレは泣きそうになる。  あの人がおまじないがわりのキスをくれた。  唇に触れるだけの。  オレは身体を震わした。  汚らしいオレは、それだけでイけるのだ。  「行こう」  オレはあの人に手を差し伸べた。    あの人がオレの手をとる。  それがとても嬉しかった。  

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