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夢から始まる 7

 アイツは窓辺に座り、夕日をみていた。  今日はずっとソファで寝ていた。  あの目覚めない眠りだ。  心配でたまらなくなる。  本当に目覚めなくなるんじゃないかって。  この窓辺は夕日がとても綺麗に見えるのだとあの人は言う。  夕日が消えるまでの時間、アイツはここから海に沈む夕日を見つめ続けている。  飽きることなく。  海の波に光が描く紋様を、光の色が移ろう様子をオレはあの人と一緒にみつめたりした。  光の美しさや、アイツの言う「見える音楽」はオレにはわからない。  どうでもいい。  でもアイツと並んで世界を見つめられるだけて幸せだった。    だから、今もそっとアイツの隣に腰を下ろした。  同じモノが見えなくても、同じ時間にはいられる。  それが幸せだから。  「どうしてわかってもらえないのかな」  アイツは呟いた。  また夢の話だと思って身構えた。  この人が夢の男に執着しているのをオレは嫉妬してしまうのだ。  夢なのに。  誰かを愛していて、誰かに愛されていてそれに引き裂かれている男の話だ。  くだらない。  自分が好きな人だけが全てだろ。  「愛してることも愛されることも、救いになんかならないのにね。愛されるために自分を殺し、愛するために自分を殺す。自分のままでいられるためにはボクのところへ来る方がいいのに。あんなに苦しんでまで、することなの?愛するってことは」  アイツは不思議そうに言う。  オレはその答えを知っている。  そしてこの人の言う意味も理解している。  「苦しくても、いいんだ」  オレは囁くように言う。  あんたさえ良ければ。    あんたの息がかかる距離にいて、この身体に触れてて欲しいと思ってしまっても、その身体と繋がることばかり考えていても、あんたが嫌がることなんて絶対にしない。  あんたが欲しくて欲しくて堪らなくても。  自分からキスさえ強請れなくても。  「そう・・・」  あんたはオレに微笑む。   優しい微笑み。  胸が痛い。  「ボクは君を救えたのかな?」  あんたが尋ねる。  オレは頷く。  あんたはオレに全てを与えてくれた。     復讐のための手足も。  踏みにじられた尊厳も。    あんたは全てを受け入れる。  動けないまま世界を見つめてたそのままの在り方で。  あんたがくれたもの全てが嬉しい。  あんたが誰かを想うことへの嫉妬も、あんたを欲しがるこの身体の疼きさえ。     「君は綺麗だ」  あんたは笑って、優しく唇を重ねてくれた。  おまじない。  オマジナイ。  唇が震え身体が震える。  みっともなく勃起しているこの身体の淫らささえあんたは気にしない。  それが嬉しくてオレは泣く。    あんたは許してくれる。  あんただけはオレを責めない。  オレがこの世界をぶち壊しても。  何人殺しても、何人ヤり殺しても。  あんたにはずっと世界はそのまま受け入れるもので、どうすることもないものだったから。  動かない身体は他人次第でいつでも息の根を止められるものだったから。  この人は世界をそういうものとして受け入れている。  オレとは違って。    並んで夕日が沈み終わるまでそこにいた。  勃起したものを擦って出してしまいたい気持ちを抑えながら。  夕日が綺麗だなんてわからない。  わかるのはこの人といることがこの世界を壊すことと同じ位大切なこと。    あんたが想うのがオレだけだったらいいのに。  あんたが想う全ての人を殺したら、そうなるのだろうか。  そうしてしまおう。  そうしよう。        

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