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破滅の音 1

 「ねぇ。起きて」  あの人はその老人に言った。    何度となく尿や便が附着した布団は、濡れてこそいないが吐き気がでるような臭いがしているはずだった。  オレにはもう臭いはそれほど意味がないので気にならないが。  あの人には臭いがわかるだろうに、あの人は気にしない。  優しい声で男に話かける。    「起きて」  ヒゲだらけの汚れた頬を、なで、ふと思いついたように老人のまぶたを開いてやる。  目脂でくっついて開かないのだ。  老人は薄く目をあけた。    狭い部屋。布団しかおけない。  かろうじて窓はあるが、ムリヤリ一つの部屋を二畳ほどにベニヤ板で区切っただけの場所だ。   足元にうつることのないテレビがある。  老人はここに放置されているのだ。    1日に4回のヘルパーが訪問し、大急ぎで食事とオムツの交換をし、週に二回のデイサービスでの風呂。  それ以外は放置されている。  この、ホームレス支援団体という名前でヤクザが経営する簡易宿舎に、生活保護費を巻き上げられるためだけに老人は存在していた。  最低限、死なない程度に面倒を見て、いや、面倒は介護保険をつかったヘルパーに見させて、施設は老人を放置しておくだけだ。  死ぬまで。  施設使用料、その他色々の費用として生活保護のお金はまきあげられていく。  この部屋に来るヘルパー、彼の介護計画を立てるケアマネ、市の職員、誰もが彼の現状を知っていて、黙っている。  この施設がいわゆる貧困ビジネスと呼ばれるものだとわかっていても。    見捨てる方がいい。  面倒に巻き込まれるのはごめんだからだ。  少なくとも、老人は死んでない。  乱暴もされてない。  放置されているだけだ。  声をあげるのは区切られただけの部屋の悪臭に苛立つ、この施設の住民達だけだ。  もちろん臭いに怒っているだけだ。  そして、彼らも閉じ込められている身なのだ。  生活保護費をとりあげられたり、危険な仕事に行かさせられ、そのお金を巻き上げられたりしているような。  結局誰も彼もが黙る。  身寄りのない元ホームレスがどんな扱いを受けようと知ったことか。  自業自得なのだとでも思っているのだろう     老人は悪臭の中、ただ眠るだけだ。  薄暗い冷房も暖房もない部屋で。  それでも、彼は口にいれられる食事を飲み込み、生きる。  なんのために。  オレは知っている。  薄く開いた目の向こうに怒りがオレには見える。  「君に魔法をかけてあげる。スゴイ魔法だよ?」  あの人が優しく老人に説明を始めた。  この老人はオレ達になる。  若返り、悪意に満ちた、悪鬼になる。  オレは確信した。        

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