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破滅の音4

 公園に現れた彼の様子がおかしかった。    俺は彼が来ることを期待して、公園でトレーニングしながら待っていた。  彼と会うのが楽しみになっていた。  あの人は俺を置いてどこかで何かをしてて俺をほったらかしだし。  彼を待ってた。  逆立ちしながら腕立とかして。  逆立ちしながらジャングルジム上ったりして。  地面から腹筋つかって飛び起きたりとか。  なんか遠巻きに人が集まってしまったけど。  そう、そして、いつもぐらいの時間に彼はやってきたけど、彼はおかしかった。  いつもなら子供のように泣きそうな顔をして いるか、溢れるばかりの笑顔なのかのどちらかなのに。  今日公園に来た彼には何の表情もなかった。  いつも涙や笑いが溢れるその目は虚ろで、何も映さしそうにない。  でも、彼を俺を見た。  その目に映る虚無を俺はのぞき込まずにはいられなかった。  「どうしたんだ」  俺は駆け寄り彼の肩を揺さぶった。  あの恋人は彼に何をした?  どんなに酷いことをされても彼はこんな風にはならなかったのに。  泣いて苦しんでもこんな風にはならなかった。  「始まるんだ。・・・・・・それはいいんだ。きっとおれもそれを望んでいたんだ。こうなることを選んだ時から。おれはそうしたい。したかったんだ。だからいいんだ。」   彼は無表情に言った。   何を、と聞けなかった。   彼はすがりつくように俺を抱きしめたから。  彼は震えていた。    「あの人は酷いよ。おれはあの人だけで良かったのにそれを許してくれなかった。『良かったな、グズ』って笑うんだ。本気で。あの人が一番喜んでる。それが本当なのがわかるんだ。おれ、おれ、あの人だけで良かったのに、でも、もう・・・」  彼は悲痛な声だった。  何をされた?  酷いことにさえそれでもどこかで恋人のためだからとあきらめていたはずの彼が。  あの人から離れてはいられないんだと泣き笑った彼が。  「・・・始まるんだ。でも、何も言えないんだ。でも、おれ、君が好きなんだ。友達なんて・・・長くいなかったんた。おれ、閉じ込められていたから」  すがりつく必死さに俺は胸が痛んだ。  こんなにも、苦しんでいる。  俺の。  俺の・・・。  ずっと秘密にしていた性的指向を打ちあけられた、ただ一人の友達が。  「お前、ここにいちゃいけない。始まるから。でも、おれ、そんなことも言っちゃいけないんだ。でも、お前をおれ、助けたい」  何を言っている?  そう聞き返そうとしたが出来なかった。  身動きも出来ないほど強く抱きしめられたまま、背中から何かで貫かれたから。  「くはっ」  俺は呻いた。  熱さと、痛みに。  何の準備も出来ていない身体は崩れ落ちた。  戦闘中なら、脳に麻薬物質を出すことを命じて、身体をどんなに引きちぎられても俺は動くのに、不意打ちに喰らったこの傷に脳が追いつかなかった。  身体のコントロールがきかない。  冷たい地面に横たわる。  血を流しながら。    「救急車、呼んでやるから。病院なら安全だから」  俺を刺した俺の友達は、俺の背中から引き抜いた山刀を手にしていた。  その目には俺を刺した人間には不釣り合いな優しさがあった    「おれ、君が好きなんだ。こんなことしまったから二度と会えないけど。助かるよ。きっと、助かる。でもこうしなかったら・・・」  彼はさびしそうに笑った。  そして背中に背負ったリュックに鉈を入れて、俺に背を向け歩き出していく。  ポケットから携帯を取り出し、どこかへ連絡し、その携帯を投げ捨てるのが見えた。  俺は何か言おうとした。  ダメだ、身体が動かない。  脳に命じて、麻薬物質を出させないと。  だが、完全な不意打ちだったため、身体はいつものように動かない。  遠ざかる彼を捕まえなけらばいけなかった。  いけなかったのに。  俺は救急車の音が聞こえるまで、そこから動くことができなかった。

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