131 / 156

殺戮の歌7

 オレは声を上げて笑った。  こんなに笑ったのは初めてだ。   何人死ぬのかな?  アイツらは、自分達か万が一のことはあるかもしれないが、自分は無闇に殺されるようなことなんかないってこの状況でも信じているんだぜ?  笑える。  自分だけは大丈夫だと思ってんだぜ?  自分だけは理不尽な目にあわないって信じながら生きてきたんだからな。  金がなくて苦しんでる。  それはそいつが努力不足。    年老いて生活できない。    それは準備不足。  身体が動けないから出かけることが難しい。  動けないなら出かけなければいい。  動けない、働けない人間はいらない。    我々だけが正しく、我々以外はいらない。  人間は自分達だけはそこにいないと思っている。  人間だから殺す、という理由で殺される今でさえ、まだ自分は殺されないと思っている。  自分はそうならないと思っているから。  これほど愚かでおかしいものがあるか?  笑った。  笑った。    だから今、お前らはオレに笑われている。  お前らがその場所にいられたのは単なる運だ。  何かがあればそんな場所から簡単に転がり落ちる。  それがわかるのはお前らは奈落へと落ちた時だけ。  でもよかったな。  オレはお前らに反省なんか求めない。  何も悟ることなく、死ね。  求めるのは死だけだ。  オレは笑い続けた。  「楽しそうだね」  あの人がそういうまで。 あの人がすぐそばに立っていた。  「寒くないか?」  オレは心配になって声をかけた。  オレには暑さも寒さもわからないが、この人は暑さ寒さを感じるのだ。  川沿いの、橋を見下ろすように立つタワーマンションの最上階、そのベランダには川沿いの強い風が吹き込んでくる。  Tシャツ一枚のあの人にオレは自分の上着を着せかけた。  グズのを羽織ってただけだからあの人でも大丈夫。  グズほど大きくはなくても、あの人は背が高いのだ。  「ありがとう」  あの人はにこにこと笑う。  この人にはここで待ってもらう。  全部終わるまで。  今朝、ここのマンションを襲った。  この部屋の住人の女は一人旅という名目で、実際は人には言えない関係の相手と旅行に行くはずだった。  相手の男は裏社会の男だった。  俺達はそんな情報さえ喰うことで知ってしまう。  不倫自慢を仲間にするような男を選ぶべきじゃない。  そのくせ、恐妻家の男になんか。  旅行に出かける寸前の二人を喰った。  二人とも10日は連絡がとれなくても誰も不審に思わないように工作していた。  だからしばらくはここはいい隠れ家になる。  この人はここに隠れてもらう。  そして、彼女もある程度の仕事を終えたならここに。  グズの相手にと、オレが選んだ彼女だ。  彼女は特別だ。  そして彼女にはあの人の警護もしてもらう。  「しばらくここにいてくれ。すぐに彼女も来る」  オレはあの人を見上げながら言った。  キラキラと常人よりも輝く瞳に見つめられる度、オレは動悸がするし、落ち着かなくなる。    「うん。・・・行っちゃうの?」  あの人が寂しそうに言った。  そんなことをそんな声で言わないでくれ。  ここまで用意した計画を全部捨てて一緒にいたくなるから。  「沢山殺すんだ。・・・オレのこと嫌いになる?」  オレは小さな声で聞いた。  大丈夫。  大丈夫なはずだ。  この人は・・・オレを嫌いにならない。    「ならないよ」  あの人はあっさり言って笑った。    オレがそれにどんなに安心したかなんて、この人にはわからない。  オレの頬に指がのばされるのを、指が頬に触れるのを震えながら待った。  優しく触れられて、小さく喘いだ。  オレのいやらしい身体はこんな接触でさえ、セックスを感じる。  この人はそういうのじゃないのに。    「おまじない・・・」  オレはキスを求めた。  性器をぶったてて、キスを求める変態だ、オレは。     あの人は全部わかっていて、それでも優しいキスをくれた。  唇を優しく重ねるだけの。  オレは震えた。  達してしまったかもしれない。  トイレで少し抜いていこう。  「全部終わるまで待っていて。迎えにくるから」  オレはあの人に言った。    あの人は優しい綺麗な目でオレを見ていた。  花や樹を見ている時と同じような目で。  この人の目の中でだけはオレは美しい。  この人だけはオレを淫らで汚いものにしない。  この人には何もかもが美しい。  どんなに抱かれたいと思っても、この人にだけはそんなことをさせない。    「すぐに彼女を寄越す。待ってて」  オレはあの人に言った。  「行ってらっしゃい、綺麗だよ」  あの人は望む言葉をくれた。  あの人にだけはオレは本当に綺麗なのだ。  オレに向かって振られた指先にキスしたかったけどこらえた。  オレは笑った。  あの人に見せる為だけに笑った。  オレがあんたが好きだってことを伝えるためだけに。    そして背を向けた。  さあ、殺そう。  沢山。沢山  マンションから降りると、予定通りグズが迎えに着ていた。  バイクに跨がり、マンションのエントランスの階段から下りてくるオレを、ヘルメットを外して見上げる。    「カッコイイバイクだな」  オレの言葉にグズが得意げに笑う。  これを買いに行った時からグズの目がキラキラしていたのをオレは知っている。  突然病気で身体の自由を奪われた少年に、こういったものがどれほどの憧れだったのかはオレにもなんとなくはわかる。  オレは痛くて辛いことをしなくて済むにはどうすればいいのかしか考えていなくて、そんなちょっとした憧れなんかにも縁のない少年時代だったけどな。  「凄い速いんだよ」  グズが嬉しげに言ったからオレも嬉しかった。  グズ、お前はこれから何をしたっていいんだ。  お前はお前のしたいことをしたらいいんだ。  オレはバイクに跨がったままのグズの髪を撫でた。  グズの目がもの欲しそうに細められた。  後でいくらでも、バイクじゃなくてオレに乗らしてやるよ、と思ったが、まあ、それだけじゃないんだろう。  グズのオレに対する執着は、彼女を抱かせても、彼女との関係が深くなっていっても消えない。  最初にセックスを教えたのがオレなことにこんなにハマるとは想わなかった。  でも、グズはオレにも特別だ。  仕方ない。  オレはグズが可愛いのだ  グズが勘違いに気付くまでは、グズが望むようにグズと二人だけで抱かれてやろう。  それをグズは一番喜ぶのだ。  もちろんオレはグズ以外ともするけどな。  キスのかわりに指を与えた。  グズはオレが差し出した指を夢中で舐めた。  舌を絡ませ、唇で扱いてくる。  指フェラは股間にくる。  さっきあの人を思って勃ててたところだし。  でも、我慢。  我慢したらするほど、その時はメチャクチャ気持ちいいからな。  オレはそれを想像して笑った。  沢山の人間が吹き飛ぶのを見ながら射精するのは、きっと最高に気持ちいい。  「みんな移動してるか?」   「うん、パチンコ屋と、映画館に全員を詰め込んで、見張りに内通者を一人ずつ残して集まってきてる。小学校、中学校も」  「上等だ」  グズがオレにメットホルダーからオレ用のヘルメットを外して渡す。  もちろんかぶる。  オレ達は脳に損傷だけはしてはいけないのだから。  「彼女は?」  オレは確認する。  「機材ごと、このマンションにもうすぐ来るよ」  グズは答えた。  「上等。何かあったらあの人とすぐに逃がさないとな・・・最悪、あの二人だけは生き残らせる。もちろん、死ぬ気などないけどな」  オレは笑う。  あの人を残して死ぬものか。  笑うあの人のそばにオレはいるんだ。  あの人にキスしてもらって。    「うん・・・そんなにあの人が好き?」  グズが複雑な顔をしてきく。  何を今更。  「お前にも彼女は特別だからわかるだろ?」  オレが言うとさらにグズの顔は複雑になる。  「うん・・・」  でも頷く。  グズにもあの人は特別だ。  オレ達全員にあの人は特別だ。  「あの人は始まりなんだよオレ達の。あの人がいなければオレ達はずっと、呪うだけの毎日だった。あの人がいれば、オレ達がいなくてもまた始まる。そして彼女にはまた始めるために必要な知識も与えてあるし、彼女は彼女のやり方で始めるさ」  オレはグズのバイクの後ろに跨がり、グズの腰に腕を回し捕まる。  腹に回されたオレの腕をグズが嬉しそうに撫でた。  「それにオレ達は一緒だろ?・・・グズ」  オレは言った。  お前は最初から相棒だ。  最後まで相棒だ。  そうだろ?  「うん。おれはあんたとずっと一緒だ・・・どこまでも」  グズは言った。  グズは自分の分のヘルメットをかぶった。  バイクのエンジンが噴かされた。  エンジン音が気持ちよく吹き抜けた。   ああ、良い音だ。    走りだす加速をオレは楽しんだ。          

ともだちにシェアしよう!