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殺戮の歌9

 僕は彼に優しくキスをして、ゆっくりと彼の身体から僕の性器を引き抜いた。  仕方ない。  実に苛立たしいが、今はパジャマに聞くことがある。  でも、彼の身体はしっかりと抱きしめたまま、僕はパジャマの方を向く。    「いつから僕を知っていた」  彼の髪を撫で、ときおりその首筋に唇を落としながら言う。  彼もおそらくガキと同じようにしているとこを人に見られるのを嫌がるだろうけど、これは夢だしそもそもこれは死体だ。 愛しくはあっても。  彼にはもう分からないから、気をつけてやる必要はない。  もちろん、誰より優しく扱うけれど。 死体であっても愛してる。    「君が子供だった頃から。君は夢の中でずっと彼の身体に触れていたよね、夢中で。でも・・・何故か挿入したりはしなかったよね。不思議に思っていたんだ。みんな夢の中では好きにするのに。君は違う」  パジャマは首を傾げて不思議そうに言った。  やはり、パジャマは元々能力を持つ、「能力者」だったのだ。  「夢を渡り歩く能力」を持つ。  そして・・・僕の夢を捕食者になる前から見ていた、だと?  面白い。  偶然とは思えない。  たまたま捕食者になったもの同士が、(僕は知らなくても)たまたま接触があった。  これは偶然だと片付けられるか?  いや、片付けられない。  捕食者になる条件を誰も見つけられなかった。  何故捕食者になるのかも。  ただ、捕食者になった者同士が過去に(夢の中であれ)接触していた事実があるなら・・・そこには何かがある。  「寝てる時にね、知らない人の夢の中にいるのは良くあったんだよね。だけど、君の夢に行ってからは、どんどんただそこにいる以外のことも出来るようになったんだよね。君の夢を探してそこに行くこととか・・・でも、こうやって話しかけられるようになったのは・・・動けるようになってからだよね」  パジャマの話は僕との接触したこと、そして捕食者になったことが能力をさらに高めたと言っているのに等しい。  これは確かに興味深い。  だが。  「何故僕に興味を持つ」  僕はパジャマに尋ねる。  柔らかいだけで、反応はしない彼の性器を弄りながら。  この男は僕に執着している  何故だ?  「君がボクを呼んだんだ」  パジャマはそう言って目を細めた。  「夢の中でもボクはみているだけだった。他人の夢の中に投げ出され、そこを漂い続けているだけだった。誰の夢だってまあ面白かったよ。欲望や恐怖、隠しきれない願いや想い。それが溢れ出る場所で、それはそれで綺麗だった」  パジャマはニコニコしながら言った。  人間の欲望を「綺麗」と言ってしまえるこの男の異常さ。  この男は違う。  この男にとって世界は美しいのだ。  それは、僕のような異常者から見ても異様な世界の受け取り方なのだ。    「君が呼んだんだ。『助けて』と。夢の中で彼に触れながら。でも、夢の中でさえ彼に拒まれたなら触るのをやめて、ただ彼を抱き締めながら、君は小さな声で言った『助けて』と」  パジャマは言った。  かもな。  僕は思う。  僕達は閉じ込められていた。  性的愛玩という目的のために人間工場で育成されていた。  僕は彼と2人で逃げると決めていた。  僕には良くわかっていた。  この世界に僕達を助けてくれるものなんていないってことを。  僕達は人間ですらないのだから。    でも、夢の中でなら願ったかもしれない。  夢だからね。  子供だったし。  「誰か、助けて」って。  今なら夢でも願いはしないが。  「だから来た。助けに」  パジャマは僕にその手を伸ばした。    「はぁ?」   僕は間抜けな声を出した。  何を言ってんだコイツ。  「君はたった一人で逃げ出そうとしていた。誰の力も借りず、共に逃げるつもりの彼さえ当ててにしないで。絶望さえせず、逃げ出し、生き残ろうとしていた。それはとんな夢の欲望よりも美しかった。たくさんの絶望も呪いも見た。それも美しかった。でも、君は一番美しかった。恐れを知らず、せめて彼だけでもなんて考えず、失敗さえ思いもしないで、逃げるという目的だけを見つめていた。君は本当に綺麗だった」  パジャマは眩しそうに僕を見つめた。  僕は怒りで顔が赤黒くなるのがわかる。  馬鹿にされてると思った。  あの頃の僕は・・・自分が失敗するなんて考えもしなかったのは本当だからだ。  彼と2人逃げられると間違いなく信じていた。  パジャマの頭を銃で撃ち抜かなかったのは、それが無駄たとわかっていたからだ。  現実の肉体を撃ち抜くまでは我慢だ。  何の痛みにもならないことなどするものか。  お前の苦痛以外僕には意味がない。  「だからボクは・・・君を助けたいと思った。ボクは生まれて初めて、動きたいと思ったんだ。君を助けるために何が出来るか考えて・・・ママと意志の疎通が出来る方法を考えたんだ。ボクの知能は疑われていたからね、ボクは手足も動かせないし、食事もとれなかったからね。ボクは口と瞼を動かすのがやっとだったから。でも夢の君に会うまで、意志の疎通は別にいいかと思ってた。ボクはよかったんだ何も出来なくても。ママは僕を愛してくれていることを知っていたしそれだけで良かった。誰も僕の知能を知ろうとは思わなかったしね。ママもお医者様から僕の知能については色々言われてたから、そこまでは期待していなかったし。でも、ボクは君を助けたかった。そのためには、ボクも世界と関わる必要があった」  パジャマの言葉に僕は驚く。  僕を助けようとした人間はいなかった。  工場に関わっていた人間達それなりにはいた。  全員が組織の人間というわけでもない。  僕達を産むために子宮をかした女達もいたのだ。  みんな、僕達がどうなるのかしっていた。  でも恐怖やお金のために、僕達を助けなかった。  だが、助けようとした人間はいたのだ。  遠く離れた場所にすむ、指一本動もかせない少年だったが。  「瞼の開閉でイエス、ノーを繰り返した。ママが気付いてくれるまで。そこから、ママと意志を交わせるようになるまで随分時間がかかっちゃった。・・・ごめんね」  パジャマは悲しそうに言った。  「字を覚えて、文字盤を使い、自由に意志を伝えられる頃には・・・君の彼は死に、君は壊れてしまっていた。・・・ごめんね、間に合わなかった。でも来たよ。君が助けてと言ったから」  パジャマの言葉に僕はぽかんとし続けていた。  指一本動かせない少年は、それでも本気で僕達を助けるつもりだったのだ。  自分も自分の身体に閉じ込められているようなものなのに。  僕はおかしくなって笑った。  失敗するなどと思いもしなかった自分に。  僕を救えると思っていたパジャマに。  「バカだろ、お前」  僕は笑い転げた。  でも抱きしめた彼を手放さない。    彼は僕が笑うたび、ガクガクと揺れた。  髪を撫でて、音を立ててキスをする。  夢の中でさえ、彼には魂がないことを思い知らされる。   でも、愛しい。  「バカだろ、お前」  僕はまた言ってパジャマを嘲笑った。    だけど、僕はパジャマを侮らない。  コイツは・・・僕以上に諦めないのだ。  コイツは閉じ込められていた身体から、とうとう抜け出しここにいるのだ。  そして本当に僕を助けに来たのだ。  捕食者にすらなって。  グールを作り出して。  沢山の死を生み出しながら。    災いを死を生みながら、僕の元までやって来たのだ。  これを「助け」とはよく言ったものだ。  だが、本当に来たのだ。  どんなに時間がかかっても。    コイツはバカだが、コイツは絶対に侮ってはいけない。  僕はそう思った。                

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