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殺戮の歌 10

 「ボクは見てきた。君は幸せじゃない。君は脱出する前と同じ位閉じ込められている。・・・何の恐れもなく脱出計画を実行していたあの頃の方が君は幸せだった。君は結局、どこからも逃げ出せていない」  パジャマは真面目な顔で言った。  何を。  笑おうとして笑えない。  それは本当のことだからだ。  逃げ出し、いくら人を殺したところで、僕には彼を取り戻すことはできない。  夢の中で、こうやって触れることが出来るだけだ。  奪われたもの結局何一つ帰ってこない。  それでも僕は欲しがる。  彼を。  そして取り戻せず苦しむ。  それでも僕は欲しがる。  ガキを。  そしてガキを傷つけてしまう。  際限なく。  人間を切り刻み、殺すことを楽しみ、それでも正義の味方になり、それでも決して僕は満たされない。  永遠に飢え続ける。  ああ、幸せなどない。    幸せな場所になど僕の居場所はいない。  僕だって知っている。  僕が幸せだったのは、脱出を夢見て計画していたあの頃だけだったのだ。  でも、いらないんだよ。  もうそんなのはいらないんだよ。  ただ殺してガキとセックスさえ出来ればいいんだよ。  それだけでいいんだよ。    「なら、何故、あの子のために正義の味方なんかするの?あの子に対する罪悪感?」  パジャマが煩い。   煩いよ、お前。  彼を抱きしめ、その動かない舌を貪り、パジャマの声を無視しようとする。  煩い。  煩い。  この声を消せないなら、聞かないことだ。  「あの子を離してやろうよ。そして、ボクと行こう。ボクなら君は何一つ傷つけることに、傷つかない。自分の残酷さに傷つかない。愛せないことに傷つかない。君はボクに何してもいい。刻みたかったなら刻めばいい。犯したかったなら犯せばいい。して欲しいならしてあげる。・・・・・・君はもう傷付かないでいい。あの子を苦しめていることに」  その言葉はそれでも聞こえてしまった。  僕は彼を抱きしめていた。  彼を手放せなかった。   例え夢でも、死体でも。  もし、ガキが目の前にいたとしても、彼を抱きしめる。  抱きしめずにはいられない。   そして魂のない身体を抱くだろう。  そのことでガキが傷ついても。  「嫌だ。僕のだ!!」  ガキも、彼も。  ガキを手放したりなんかするものか。  例えガキが目の前で彼を抱く僕に傷ついたりしても。    その目が悲しみを湛えても。  唇がかみ締められても。   僕だけを思って震える指が僕へ伸び、そした力無く落ちていっても。  「嫌だ!!」  僕は怒鳴った。  「どっちが?あの子が苦しむこと?手放すこと?」   パジャマが余計なことを言う。  「嫌だ!!」  僕は叫ぶ。  夢はダメだ。  夢はダメだ。  嘘がつけなくなる。  隠せなくなる。  「泣くほど辛いんでしょ」  パジャマは優しい声で言った。     僕は泣いていた。  泣きながら彼を抱きしめる。  魂の無い死体を。  決して戻らない人を。  抱きしめずにはいられなくて、抱きしめるのが辛い。  「あの子を離してやろうよ。・・・そしてボクと行こう。人間達は勝手にするさ。ボク達捕食者が滅ばさなくてもいつか勝手に滅びるよ」  パジャマは僕に手をのばす。  「あの子は君といるべきじゃない。少なくとも君はそう思っている」  パジャマが僕に伸ばした指は思いの外暖かだった。  ガキの指の熱さを思って、僕は叫んだ。    夢は嘘がつけない。  夢は嘘をつかせてくれない。  ガキに抱かれたかった。  僕を貫いて甘やかして、欲しがって、逃がさないで欲しかった。    僕は彼の冷たい体を抱きしめる。  でも彼を離せなかった。  背中から彼を抱きしめる僕を、彼ごと抱きしめたのはパジャマだった。  その体温はガキとは違っていて、僕は嫌がって泣いた。  でも、ガキにはそんなことはさせられなかった。  彼を抱く僕を抱きしめさせることなんかできない。  僕はそこまで残酷じゃない。  「あの子を離してやろう」  優しい声でパジャマが言った。  「何も与えてやれないなら、せめて帰してやろう」  その声は柔らかくて、体温は暖かかった。  「嫌だ!!」  僕は叫んだ。  僕のだ。  僕のだ。  僕の。  だけど僕はパジャマを振り払えなかった。  彼を抱き締めることも止められなかった。  夢は嫌だ。  夢では嘘がつけなくなる。    僕はガキの名前を叫んだ。                  

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